南の島(8)

「オレがビンディだ」

 モモナで話題に上がったその人物は、数日後に自らムラコフが住む東の小屋を訪ねてきた。

 聞いた話では少し頼りないということだったが、見た目はそんな風ではない。年齢はムラコフやマヤとほぼ同じくらいだろうか。吊り目で意志が強そうで、日に焼けた肌はきれいな小麦色をしている。外見的には、むしろ頼りになりそうな男である。

(それにしても、いきなり自己紹介から入るなんて、いまどき珍しい登場の仕方だな……)

 ムラコフはそう思ったが、特に彼とライバル争いをするつもりもないので、にこやかな笑顔を作ってこう言った。

「ビンディか、よろしく。俺はムラコフだ」

「ああ、よろしく……って違う!」

 ムラコフは丁寧に右手を差し出したが、ビンディはその手を取らず、その代わり怒ったような口調でこう叫んだ。

「いいか? オレは、お前とよろしくしないためにここへ来たんだ。ああ、そうさ。よろしくなんか、絶対にしてやるもんか!」

 ビンディは右手の人差し指で、真っ正面からムラコフの顔を指差した。

「お前、マヤの何なんだ?」

「何と聞かれても、さあ?」

「とぼけたって無駄だ。ネタは上がっているんだからな。浜辺でいかにも仲良さげに、ヤシのジュースを飲んでいたそうじゃないか」

「ああ、そうだな」

 特に異を唱えることもなく、ムラコフはビンディの言葉を肯定した。

「もっと他人行儀に飲んだ方がよかったか?」

「そういう問題じゃないっ!」

 両手で握り拳を作りながら、ビンディは大声で叫んだ。

 必要以上に声とアクションが大きい男である。

「オレは今までずっと、最有力のムコ候補だったんだぞ! 突然海の中から現れた得体の知れないヤツなんかに、その座を簡単に奪われてたまるもんか!」

「そんな正体不明の海坊主のような言い方をされてもな……」

「ふんっ。海坊主じゃないんなら、今ここでそのことを証明してみせろ」

「海坊主じゃないことの証明って、具体的にはどうしたらいいんだ?」

「口から大量に海水を吐いて、航海中の船を沈没させてみせろ。そうしたら、お前のことを海坊主だと認めてやる」

「いや、俺は海坊主でないことを証明したいんだけど……」

 冷静に指摘した後、ムラコフは腕を組んだ。

「お前、ビンディっていったか? どこで何を聞いたのかは知らないが、俺はお前と争うつもりはまったくないぞ」

「勝手に抜け駆けした上に、ライバルを油断させるためにそんな大嘘までつくとは、どこまでも卑怯なヤツだな!」

 そう言うと、ビンディはちっちっと人差し指を立てた。

「しかし、オレも鬼じゃないからな。どうやってマヤに取り入ったのか、今ここで正直に話せば、お前を許してやらないこともない」

「うーん……」

 ムラコフは返答に困って、ポリポリと頭をかいた。

「そんなこと言われたって、別に取り入ってなんかないさ。浜辺で考え事をしていたら、向こうの方からやって来たんだからな」

「そうか。浜辺で考え事か!」

 ムラコフの言葉を聞くと、ビンディはパッと明るい表情になった。

「なるほど、サンキュー。それじゃ、またな!」

「え? またなって、おい……」

 どんどん小さくなっていくビンディの後ろ姿を見ながら、ムラコフはあっけにとられた。

 突然現れて一方的にライバル宣言をされたのに、最後は何故だかお礼を言われてしまった。

「何だったんだ? あいつ……」

 ビンディの背中が小さくなって消えるまで、ムラコフはその後ろ姿を見守っていた。

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