探偵 十一


 その強敵を打倒したいま、ダンはようやく、タイラーたちの身に何が起きたのか想像が付き始めた。なるほど素人が束になってかかっても、この男は止められなかったに違いない。

――このザック・フィッシャー氏が単独で四人を制圧した。

 たとえそう聞かされたとしても、いま現在のダンフォールならその内容を疑いはしなかっただろう。それだけの力を備えた刺客だったのだ。

 殺すには惜しい男だ。しかしそうしなければ、首をへし折られるのは自分の側であった。そう考えるが早いか、強烈な脱力感がダンフォールに去来した。無残に転がるザックの姿が、自分自身と重なって見えたのだ。

 だが、いつまでもうずくまってはいられない。相手の口から情報を引き出すことこそ叶わなかったものの、うまくいけば、相手の所持品からいくらかのヒントは得られるかもしれない。

 ダンフォールは痛む全身に鞭を撃ち立ち上がった。続けて、割れた額から血を滴らせつつ、ザックのもとへと足を進ませた。

 倒れ伏す男の肩に手をかける。うつ伏せになった相手の身体を、ダンフォールは力ずくで反転させた。だらりと転がった胴体にワンテンポ遅れる形で頭部が続く。引きずられるようにして顔面が天を向いた。


    十三


 目が合った、という感覚があった。その感覚が意識に到達するよりも早く、ザックは手足を動かしていた。

 長い両足でダンフォールの胴を掴む。右脚は向かい合う相手の左脇から背中側へと通し、また左脚のほうは、相手の肩と首筋とに密着させつつ、こちらも足先を敵の背面に置く。そうしたうえで両の脚を強く組み、頸部を締める。いわゆる三角締めの体勢だ。

「技を受けた」という事実を、ダンフォールが自覚していたかどうかは怪しいところだった。「首の取れかかった人間から奇襲を受ける」などという馬鹿げた現象を、そう容易く受け入れられるとは思えない。

 そういうダンの混乱を助長するかのように、ザックの鼻先は異様な方向を向いたままだった。だらりと落ちたその顎の下、首筋の皮膚などは見るも無残なほどに裂け、いまなお黒い体液に沈んでいる。およそ戦える状態には見えない。

 それは死人の顔であった。万が一、息があったとしても、せいぜいもって一分かそこらといったところだろう。自ずとそう確信させられるような、生気のないうつろな表情だ。

 ただし、それも目を除いてのことだ。いまだ冷静さを窺わせる鋭い視線。精悍に透き通った両の目は、しっかりとダンフォールの顔を捉えている。まごうことなきエネルギーを、熱量をもった眼差しが、だ。

 当初ザックが予想していたほどには、ダンフォールは抵抗を見せなかった。体力および思考力の低下は察するに余りあるところだろうが、しかしそれ以上に大きな要因が、その決着の裏にはあった。それはつまり、敗北に対する受容である。ダンフォールは自らの意思でもって、この結末を受け入れたのだ。

 ともあれ今度こそ手加減なしだ。ザックは、相手が完全に気絶するのを認めてからようやく脚の力を弱めた。すると間を置かず、ダンフォールの巨大な体躯がその場に倒れ伏した。

 気を抜くことはできなかった。またすぐに立ち上がってくるのではないか、という憂慮が、ザックの意識に深く根付いていた。さきの二の舞はご免だ。これ以上はもう戦えない。

 残ったのは自分だ。だが、勝ってはいない。

 ザックは誰に対してでもなく、何度も頭のなかで繰り返した。

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