第9話ㅤただ一人のㅤ偽物の

 どこかでばれたくないと思う一心、ばれてラクになりたいと望む自分がいた。


 成人となった妹に「本当の姉」はいないと告げられることになった。

 このまま真実を知らないまま大人へと成長し、いつか知ってしまう日がくるなら今日がいいだろうという父親の考えだ。


 確かにいい考えだと思った。

 それと同時に思うことがあった。


 この屋敷を出る。


 そう言うとルナの父親は表情を変えなかった。代わりに母親が驚愕の顔をしノノアントに詰め寄った。


『どうして? あなたが本当の姉ではなくて、私たちの家族ではないから?

 そんなの関係ない。この十年以上もの間一緒に暮らしてきたでしょ。もう「あの時」から私たちは正真正銘の家族なのよ』


 本当の家族かどうか、そんなものどうだっていい。

 そう思ってしまうのは心が黒いからなのか。

 彼女の言葉に感激することもなく、冷静に返しを考えられてしまうのは心がないからなのか。


『もう私も立派な大人です。ここでお世話になるより外に出て、自分の人生を歩みたいと前から思っていました。

 だから今がその時なんです。妹の世話も終わりました。もう何もすることはありません』


 前から思っていたことだ。


 ルナの母親があんなにも想ってくれていたという事実は受け取めることができなかった。

 大事に想うのは本当の娘だけでいい。

 養子にまで同じほどの愛情が与えられるというのは、血筋の繋がる子供に悪い。



 身支度をしなくてはいけないとよくよく考えてみたら、この屋敷から持っていくものは何もなかった。

 部屋にはベッドやデスクなど高価そうな家具が置いてあるが、どれも必要がないと見なした。

 自分に必要なものはここにはなかったのだ。


 廊下で妹に会うと、ルナは暗く切ない顔をしていた。話を全て聞いたのだろう。


 「本人」の口からも告げる必要がある。


「私はあなたと血が繋がっていない」

「だとしてもお姉ちゃんは、私のただ一人のお姉ちゃんだよ」

「偽物の、ね」


 子宝に恵まれないアビンス家には子供一人産まれたというだけで奇跡だった。その子供がルナ。

 ルナが産まれる前に養子として引き取られたノノアントは姉となり、十六年もの間ルナを見守ってきた。姉として。

 そう十六年間も偽ってきた。


「……お姉ちゃんのこと好きだよ。今までもずっと大好きだったよ。なのにお姉ちゃんは私のこと、本当の妹じゃないってどこか一線をおいていたの?」


 沈黙の肯定をすると、ルナは続ける。


「だからこの屋敷から出て行っちゃうの? 私に、私の本当の姉じゃないってバレたから。もうここにはいられないって」


 ルナはどこまでも心の優しい妹だ。

 そんなルナを納得させるためには、残酷にも″ここ″を否定するしかない。


「ずっと前からここから出たかった。あなたが産まれる前から。あなたが産まれた後にはその気持ちが一層高まった」


 どうせ捨てられるなら早くがいい、と。


「私には好きな人なんていない。心を許せる者も愚痴をはける者もここにはいなかった」


 確かに姉は愚痴をはいたり弱音をはいたりしたことが一度もない。

 姉と妹とという立場で、ノノアントの一番近い存在であるルナには思い当たる場面がなかった。


「ここには私が必要とするものがない。だから私はここを出て行く」


 ″妹は大事ではない″と遠回りに言っているようで妹の耳に痛かった。心も、ズキッと痛んだ。


「私が捌け口になるから、心を許してもらえるような人になるから、だからそんなこと言わないで」

「あなたの面倒をみ終えてから出て行く予定だった。み終えてからすでに十年以上経つ。もう十分」


 用済みとなり、捨てられる予定だった。捨てられると覚悟してから何日経ってもその気持ちは拭えなかった。

 ずっと心構えしたまま、疲れて。それでも心構えするのをやめず、公開処刑をされるように心を砕いていった。


 黒く陰る顔は、悲しくも傷ついた、ルナが初めて見たノノアントの表情だった。


「……お姉ちゃん」


 もう呼べない気がして、『妹』としてルナは呼んだ。


「私はあなたの姉ではもうないわ」


 けれどノノアントは、『姉』としてではなく他人としての言葉を貫いた。

 最後の姉としての言葉はでなかった。

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