第7話ㅤわかっていない

 少し歩いたところで何かを見ている少年が目に入った。

 気配に気づくと少年はこちらを向く。


「道、教えて」


 ずいぶんと雰囲気がほんわりとしている。


「あちらに行けば会場につくかと」

「ありがとう」


 子供っぽくもあり、大人な印象を持ち合わせる少年か。

 歳は近いかもしれない。

 彼はアンバスと睨み合いっこをして一体何がしたかったのか。


 少年を見送ってからアンバスを見下ろす。

 お行儀よくお座りして、よく目を見ている。

 動物の心情はわからない。アンバスはなぜ彼と睨み合いっこをしていのか。


 初対面だろうに。さすが懐きやすい犬。


 休憩も兼ねて中庭へと進んだ。

 なぜかついてくるアンバス。足を止めると前へ回り込みお座りをする。

 これは何かを求めている時の行動。

 おもちゃがないところを見るとお遊びというわけではない。


「何か欲しいの? もうご飯は貰ったでしょ?」


 お昼時、犬もお腹は空く。

 パーティーがあってご飯を後回しにされたのか、それだったら可哀想に。できることは何もない。会場に出してある食べものでも渡してあげることはできるが、食べるだろうか。


 何かに気を取られたアンバスは、わんっと吠え後ろに行った。とことこと歩いて行く先には誰かがいて、ちゃんと顔を見ればそれはユーリスで、なんで? とノノアントは不思議な顔をする。


「おやつ、あげに来た」

「おやつ?」


 いつかの日と同じよう腰に下げている袋からパンを取り出し、それをアンバスへと差し出す。アンバスは躊躇なく食べ出した。


「アンバス、それが好きなの?」

「あの時あげてから懐くようになって、それから毎日あげてる」


 食べ慣れているだけあっていい食べっぷりだ。

 いつもユーリスの手の上で食べているのだろうか。


「嫌な気分にならない? 犬に自分の好物あげてるって」

「ならないよ。思い出の味を誰かに食べてもらうのは嫌な気分じゃない」


 あまり味がしないのだがユーリスはこのパンが好きだという。アンバスもその仲間となった。


「そのパンにそんなに思い入れがあるのね」

「あるよ。とても大事な記憶も」


 何やら意味深な言い回し。


「あなたの言ってること、時々わからない」

「わからない、か。うん、そうだよね。君はわかってない」


 噛みしめるように口にする。

 その表情はどこか新鮮で。というのも穏やかな表情をしているのに声質は悲しい。

 彼の感情が本当にわからない。


 ちょうどアンバスがパンを食べ終わり、それを見ながら話していたユーリスはノノアントのことを見上げる。


「わかっていないってことも、わかっていないよね?」


 癇に障る言い方だ。

 ノノアントが訝しげに見るとそれをユーリスは肯定ととったようだ、悲しげにする。


「いいんだ。それでもあのとき僕の心は、僕の中に残ってる」


 わからないことが悔しい。

 よくわからないが、そう思った。


「私は何がわかっていないの」


 彼は苦笑するだけで、答えてはくれなかった。

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