第6話ㅤ本当の姉

 会場へと戻ってきた。

 やはりこれはおかしい。ユーリスが傍にいるというこの状態は。

 人が多いこの中に妹はいるのだろう。こんな時、警護対象に付き添い守るのが騎士だ。


「妹のところに行って。早く」


 言ってもなかなか行かないユーリスに苛立ちを覚えはじめる。


「あなたは妹の騎士でしょ? その役目も果たせないの?」


 ツンとした態度を取れば、素直にいうことをきいた。

 思考しているような彼の目は何を考えているかわからなかった。


 そこへ。


「似てないな」


 凛とした声が空気を裂いた。


 振り返ってみればそこには見覚えのない男。


「妹であるルナ殿と姉である貴女の類似点が全く見当たらない」


 ノノアントは黒髪、妹は金髪。容姿からしてどう見ても似ていない。

 性格は断然妹の方がいい。


「俺は姉の方が好みだ」


 好意の眼差しを受けてもノノアントは表情ひとつ変えない。それどころか。


「私は貴族の血筋が繋がっていない人間。だからこのアビンス家には姉も妹もいない。貴族の子を婚約者として迎えたいなら、アビンス家後継者ルナの元へどうぞ」


 何を思ったか表沙汰にしていないことを告げた。

 こういう者の対処法ならすでに用意済みだ。

 貴族の血筋が繋がっていない人間といえばそれ以上は何も言わず、関わってこなくなる。


「おもしろい。お前をものにしたくなった」


 だというのにこの男は。

 廊下に出て気を抜いた瞬間、追ってきていた男がドレスのチャックを下ろそうとした。だが背中のチャックはいっこうに下がらず。手間だけを取る。


「なんだこれ。まさかの不良品?」


 試行しているが中々おりない。

 このドレスが不良品であることに初めてノノアントは良かったと思った。

 不良品でなければ今頃背中全開だ。


「貴族殿。あなたは一体何をしようとしたんでしょう。返答次第で対応はお変わりしますが」

「襲おうとした」

「馬鹿なの? アホなの? それともカバなの? どれにも当てはまると思うけど、そんなこと言って嫌われたいの?」


 ノノアントの豹変ぶりに男は瞬く。

 けれどそれは素を見せてくれる兆候だろうと男は調子づく。


「ノノアント殿、こんな時にご冗談を言えるとは」

「あなた自体が冗談の塊だわ。お前をものにしたくなった? 襲おうとした? 自分がその口にしたセリフ、恥ずかしいと少しは思わない?」

「……ノノアント殿にそう言われると不思議とそんなような気がしてきた」

「でしょうね。恥ずかしいもの以外の何ものでもないもの」


 勝ち誇ったように嘲笑いすることもなく、ノノアントは冷めた表情で興味なさげに吐いた。視界に映すのは男ではなく横の壁。

 一枚壁を張った微かな笑みでも見たかった。どうすれば黒い花はその蕾を見せてくれるのか。

 容易ではないと男はノノアントを見透かそうと観察する目を一層鋭くする。


「ノノアント殿はなかなか手厳しい」

「耳障りだわ」


 ここまで言えば離れるだろう。そんな安易な考えは今まで寄ってきた男たちが単に引き際が良かったからなのか。


「早く立ち去って。そしてもう二度と現れないで」

「ノノアント殿はいつもそうやって誰かを突き離しておられるのかな」


 不覚にもノノアントはどきっとした。

 もう二度と前に現れてほしくないのは妹の本当の姉ではないとバラした相手だから。

 突き放すという行為は相手に勘付かれても、他の者たちにもそうやっているのだろうと問われることはなかった。


 妹の本当の姉ではないということを暴露しても、妹にまでその話はなぜか伝わらない。

 大事なことだから喋らずにいるのか、もう妹はそのことを知っていると思っているのか、それとも本当の姉でなくても妹にとってなんの損傷もないことだろうと話さずにいるのか。

 それならこちらとしても幸いだが。

 簡単に暴露しているのにも理由がある。


「質問の仕方が悪かった。いつも俺のような存在にわざとそういう嫌な面を見せているのか。……いや演技か。わざと嫌な言動をしているのは演技だろう?」


 洞察力は良い。

 あの場面を目撃でもしていたのか。グラスを投げ飛ばしてきた女性との対話を。


「どうでもいいわ。何がばれたって、これが私なのに変わりはない」


 相手に見えている『私』、相手が見ている『私』。全ての言動は『私』がしたことに変わりない。


「もっと興味が湧いたと言ったら怒るか?」

「冗談の塊に何を言われても何も感じない」

「ご冗談がきつい。さすが冷淡たる眼差しの令嬢」

「なによそれ」


 さりげなく、恥ずかしい異名を言われた。


「結構噂になっている。一部の者から聞いたが他に……氷結の女、とかもあった」


 他人にそんな目で見られていたのか、と意表を突かれたノノアントは考えを巡らす。

 普通の者にはちゃんと普通に接してきた。そのはずなに氷結なんて言われて。

 普通が冷たすぎたのか。

 冷淡とは人間味に欠けるということだ。

 そんなに自分の瞳に感情が宿っていないのだろうか。


 動揺を露わにしていたノノアントは納得したように視線を落とす。


(……無理もない、か)


 人の愛情も何もない環境下で育った。そんな者の瞳に感情が宿るなんてことはないのだ。

 万が一、そんな環境下で育った者の瞳に感情が宿ったとしたら奇跡か、その者の努力か性分かのどれか一つ。


「ノノアント殿はどんな生い立ちをしておられるのですか」

「それを知って、弱味でも握ろうっていうの?」

「話を聞いて握れるものなら握りたい」


 隠さない人。だけど本当のこころは隠している。

 ユーリスとは違う。率直なことを言うところは同じだが、根本的に違う。

 ユーリスは思っていることを何も考えずに口にする。この男は、口にするセリフを瞬時に選び判断し、相手の様子を窺う素振りを見せている。

 その微笑みも偽りにすぎない。


 偽りなんていらない。

 偽りのよくできた男でも興味ないのだから。


「関係ない。あなたには関係ないわ」


 偽装した者に誰が自分の本当のことを打ち明けるのか。


 踵を返し、廊下を歩く。


「誰か一人にでも話したら気が楽になりますよ」

「無意味な追求はお控えいただきたく存じます」


 心打ち明けられる者だったとしても、一生弱音は吐かない。

 距離を保って突き放して、そして誰も寄せ付けない。

 それが今まで自分を保ってきたやり方。

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