第5話ㅤ赤いワイン

 友好を深めるパーティーというのは表向きの理由として。これは、ルナのいい相手を見つけるためのものだろうとノノアントは思っている。


 いくつかテーブルが置かれている周りに集まる女性たち。皆、ドレスを着付け無駄に小綺麗にしている。それは女性以外にも男性が集まるからだ。


 男目的で来ているということは彼女たちの会話を聞いてわかる。妹の陰口。歳のわりにして幼い、男を見つけるなんてまだ早い、無理などと嫌味に言う彼女たちほど心の幼き者はいないだろう。


「馬鹿なの? それともカバなの?」

「何よ急に。あなた人のことを馬鹿にしたいの」

「馬鹿を馬鹿にして何が悪いんですの。あ、カバさんでしたっけ、見た目がそうですものね」


 目が合うと彼女たちは戸惑い、言い訳を述べようとしていたのでノノアントは突っかかった。

 顔を赤くした真ん中にいた女性はワインが入っているグラスをそのまま投げ飛ばす。

 グラスの割れる音。ワインのかかったドレスは色を染めていく。


「この屋敷のグラスを割ってワインまで無駄にして」

「私を下に見て何がしたいのよ」

「誰かを下に見ている人を下に見たいと思った。それじゃ、理由足らない?」


 自分を見ていない真っ黒な瞳に女性はたじろぐ。

 そこへタイミングが良いのか悪いのか、ユーリスがやってきた。

 妹のことはどうしたかノノアントは聞こうとしたがそれどころではないらしい。

 濡れているドレスを見て慌てた様子を見せる。


「着替えを」

「このくらい大丈夫よ」


 一人で処理できる。





(私がわからない)


 ベッドに座ったまま俯き加減でノノアント考える。

 侮辱しようと思った。けれどあそこまで反応されるとは思っていなかった。

 別に傷つかせてしまったとか気にしているわけではない。

 嫌味なことを一言二言発すれば妹から視点が外れ、姉である自分に降り注いでくると思っていた。それが狙いだ。

 ただああいうことをすればするほど、本当の自分とかけ離れていっているようで訳がわからなくなってきているのだ。


 ーーコンコン


「着替え持ってきたから」


 扉のノック音とともに先ほど仲介に入ったユーリスの声が響く。

 誰かに話したのか。ドレスを持ってきたところをみると誰かに話したのだろう。勝手に女性物の着物など持ってこられない。


 扉を開け受け取ったノノアントはありがとう、と小さく言ってドアを閉めた。


 もう部屋に閉じこもっていようと思っていたのだが、ここまでされてはそうはいかないだろう。

 自分に関係のない集まり会。そこで精神を使い心を砕くのは不愉快だ。妹のためなら何でもする、といってもできるわけではない。


 仕方なく、ワインのかかったドレスを脱いで渡されたドレスに着替える。

 だが、後ろのチャックがしまらない。


(こんな時に関節のかたさが)


 右手に力を入れ、引き上げようと必死にやるもしまらない。

 疲れて脱力する。


 扉の前まで行き少し開けるとそこには横向きに立っているユーリスがいた。

 まだ戻っていなかったのか。

 ふと目が合うと瞳がどうしたのかと問う。


「少しお願いしたいことがあるのだけど。……やっぱいいわ、会場にはもう行かない」

「どうして。僕にお願いごとって?」

「もういいわ」


 よくよく考えてみれば、背中のチャックをしめてもらうくらいなら強制されている会場に出ない方がいい。

 あとで何か言われるだろう。気づかれなければいい。

 扉を閉めようとするとユーリスは食い入るようにそれを止めた。


「待って。僕にお願いごとって何? それすれば会場に出られるの?」

「だからいいって言ってるの。一人で会場に行って」

「個人的にしたいんだけど……」


 あなた、してほしいこと知ってるの?

 疑ってみたが、善人すぎる彼がそんなことをしたいと思うはすがない。

 ノノアントは改まる。


「……チャック、しめてほしいの」

「え?」

「後ろのチャック、このドレスのチャックしまらないの」


 吹っ切れたように全てを話した。


 関節のかたさをうらむ。

 手が届かないわけではないが力が足りないのかチャックが上まで上がらない。


 部屋にいれると背中を向けた。


「あ、えーと、やってもいいのかな」

「やってくれるって言ったから任せることにしたんだけど」

「じゃあやるね……って、なにこれかたいんだけど、何か組い込んでいるってわけじゃないのに」

「ちょっと大丈夫?」


 関節がかたかったわけじゃないのか。

 悪かったのはチャックの不備。


「なんとかいけそうでもない」

「それいけないってことじゃない?」

「あ、いけた!」


 ものすごい音がした。

 気にしないようにしようとも思ったが。


「これあとで脱ぐ時大丈夫かしら」

「大丈夫だよ。たぶん」


 これだけ強く上に引いてしまって。おろす時は一層かたくなっていて大変そうだ。


「じゃあ会場に行こう」


 利益なんてないのに、彼は構う。

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