5

 外。衝撃音。窓の外から重い衝撃音。

 あーあ、と思ったそばから向かいの彼が、椅子から蹴り立つ。喫茶店から飛び出す。あの音は、聞き覚えがあった。アスファルトにコンクリの塊を叩きつけたような音だ。スーサイドの音だ。

 私は席を立つ。バッグと伝票を持つ。レジに向かう。清算する。扉を開ける。ゆっくりと外にでる。半地下の階段をゆっくりとのぼる。外は赤い。じわ、と染み出した夕焼けが目の前に広がる。目を細める。探す。彼を、探す。

 ビル街。歩道。流れの中のよどみ。人垣。スーツ。会社員が多い。もう人垣ができている。金曜の夕方。定時に仕事が終わった人々が集まっている。その隙間に黒が動く。鴉の色が見える。アンダーテイカーがうごめいている。スーサイドの痕跡を消す、清掃屋。

 人垣の中に、彼。見つける。見つけた。私は駆け寄る。

 彼の向こう側。

「――ひっ」

 そこに赤が、たまっている。頭がなかった。頭が砕けていた。目が、脳みそが、病的に長い髪の毛が、花のように広がっていた。色は――赤。くろい赤。皮膚の下の、見えない色。

 彼がふりむいた。顔に血が、ついている。彼が言った。

「おかしいよな、これ?」

 私はうなずいた。足から、膝から力が抜ける。

「マジに、死んでるの……?」

 足がもつれる。彼がそつなく支える。私は見た。背中、骨、噴出する血。徐々に勢いがなくなっていく。放物線を描いて、歩道に、赤いラインが引かれる。

 だから私は思い出す。

 何を?

 父を。

 私の父はスーサイド・プレイヤーだ。世界的に有名な、プレイヤーだ。レッド・ロープと呼ばれている。なかなかの権威だ。今でも活躍している。先日も欧州ツアーだと家を出て行った。父のプレイスタイルは一貫していた。ぎりぎりの境界線。そのラインを見極める。飛んで飛んで飛びまくって、繰り返し繰り返し身体を砕く。オフィシャルな大会ではジャンプ台が設置される。父はそこから飛び、落ち、登り、飛び、落ち、登り…………私はまだ四歳だ。それを見ている。これは記憶だ。私は見ている。四歳の私は、だから父に駆け寄る。三度目の跳躍を目指し這う父を、かばう。声をはりあげる。助けて、と、もういいでしょ、と。オーディエンスは喝采をおくりつづける。誰も、助けようとしない。誰もが、笑顔。笑っている。満面の笑み。これは記憶。赤い、記憶。赤い笑顔。赤いライン。父の這ったあと。レッド・ロープ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る