第30話 レース後半


『おっとー! これは一体どういうことだ~!? 』


『ブロスの騎手が壊し屋に飛び移りましたね、兄上。見事なジャンプです。この展開は予想できませんでした』



『壊し屋』の背中に飛び移った俺を見て、驚愕に固まっていた騎手が動き出す。

 まるで化け物を見るような視線が鬱陶しい。

 こんなこと誰でも出来ることだろうに、大げさな奴だ。

 獅子堂学園の体育では、時速100キロで走る車から車へと飛び移るテストがあった。

他の高校を知らないから断言できないが、きっと高校生なら誰でも出来るはずだ。



「お、お前何考えてんだ!?」


「何って直接ぶん殴りに来ただけだぞ」



 俺の言葉に敵の騎手は絶句する。

 何かおかしいことを言っただろうか?

 ナイフを逆手に持ってにじり寄ると、男は慌てた様子で両手を上げる。



「待て! 俺に手を出したらドーラファミリーが黙ってないぞ!?」


「ドーラファミリー……?」



 何か天空の城に出てきそうな海賊の名前だ。

 手を止めた俺を見て、男は何を勘違いしたのか得意げに口を開く。



「そう、ドーラファミリーだ。裏社会のドンにしてドーラ商会の影の支配者さ。この街に流通する麻薬はもちろん奴隷売買だって仕切ってんだぜ? 闇ギルドの連中だってあの人の手足さ。ここで俺を蹴り落したらきっとヤバいことになるぜ?」



 ほう、そんな大物がいるのか。

 そういえば獅子堂学園の授業では、海賊や山賊の持ち物は奪っても罪にならないから任務中金に困ったらそういう連中を襲えって言われてたな。

 シュリは金に困ってるみたいだし、ついでにドーラファミリーとやらを襲っていってもいいかもしれない。情報を聞き出すためにもう少し喋らせてみるか?

 ナイフを手元で弄びながら悩む俺に男が慌てた様子で口を開く。



「お、おい。お前俺の部下になんねぇか? その肝っ玉だけは買ってんだよ。俺についてきたらいい目をさせてやるぜ?」


「ほう。それはどんなことをしてくれるのかな?」



 俺はあえて話に乗ってやるフリをすることにした。さあこの天才に情報をよこすのだ!



「俺はドーラさんのお気に入りだ。なんせ負けなしの騎手だからな! 綺麗どころの女奴隷が手に入ったときなんて一番に”遊ばせて”くれるんだ」


「……」



 俺はポーカーフェイスを貫いていたが、聞きたくもない情報が手に入り、げんなりする。なんかドーラ商会をぶっ潰す理由が一つ増えたな。

 正直言うと今すぐ目の前の男をぶん殴りたいが、もう少し話させた方がいいだろう。天才は我慢強いのだ。



「それでな、今ドーラ商会が狙ってんのは鬼人族の女だ。なんでも不死王との戦いで女子供しか残ってないって話らしいぜ。どいつも美人揃いみてぇだし、来月には人狩り部隊が狩りに行くってさ。俺の部下になったら一緒に遊ばせ……っ!?」



 男の顔に拳を叩き込んで話を途中で中断させる。

 うん、大した情報はもってないなコイツ。決して我慢できなかったからではない。

 天才嘘つかない。これ本当。



 俺は目を回す男を担ぎ上げると、後続の様子を確かめる。

 スタート直後に大きく出遅れた一団が追い上げて来ていて、差がだいぶ縮まってきていた。ゴールまで残り500メートルを切ったくらいか?

 まぁ、病み上がりと老齢の竜でここまで良く持った方だろう。



「お、おい! 俺をどうするつもりだ!?」


「ちゃんと受身とれよ~。ああ、踏まれないようなルートに捨ててやるから安心するといい。受身を取れれば軽い骨折で済むはずさ。礼なら要らないぞ、踏まれて死なれても寝覚めが悪いしな」



 男の顔が真っ青に染まる。

 獅子堂学園の体育では列車から飛び降りて受身を取る訓練をよくやっていたし、こんなの軽い打ち身とかで済むだろうに。

 一体何を怯えているんだ?



「ほら投げるぞ~」


「ちょっ!? 待っ……ぎゃあぁぁぁぁっ!!?」



 後続の竜騎手たちがぎょっとした顔つきで俺の事を見て来る。



「あ、あいつ本当に投げたぞ!?」

「……人間じゃねぇ」



 散々な言われようだが、ビビったのか後続は速度を緩める。

 これならブロスでも逃げ切れるかもしれない。

 だが問題は安室だ。安室が乗っている白竜ガンドルは俺たちより先を走っているが、そこまで差はない。

 このままではギリギリで追い抜かれるかもしれないな。

 ガンドムは確か両足を骨折してたんだっけ? 病み上がりでだいぶ調子が悪いのか、足回りは鈍い。まずいぞ、このままでは抜かれる。



 俺が強引に後続を止めようかと悩んでいると、前方を走る安室がハンドサインを出すのが見えた。あれは≪任せろ≫のサインだ。

 何か考えがあるのか? ここは安室に任せてみるか。

 俺は笑顔でサムズアップした。



「ガンドム! お前はレースが怖いんだろう? レース開始から勝つことではなく、ケガをしないコース取りをしているな? だが逃げてばかりじゃダメだ!」



 安室の声に白竜ガンドルはびくりと反応する。

 ふむ、バッカスが「この子かなり賢いんだよ~」とか言ってたけど本当のようだ。

 おそらく人の言葉をある程度理解できているのだろう。



「後ろを見てみろ!」



 安室の声にガンドムは首を回し、後続を確認した。

 俺の乗るブロスより速いため、まだ後続とは距離がある。

 もっともこのままだと追いつかれるだろうが。



「自信を持て、後ろとはあんなに距離があるんだ! お前はすごい竜なんだ。お前は今日ここで勝って生まれ変わるんだ! そう、今のお前はニューガンドムだっ!!」



 安室の精一杯の声掛けにガンドムの目に力が宿る。

 臆病モノの目からから戦う戦士の目に代わったのをはっきりと感じた。

 安室め、やるじゃないか!

 だがそれを嘲笑う声が俺の耳に届いた。



「ハッ! 名前変えた程度で何が変わるってんだよ、駄竜の分際で生意気なっ!!」



 声の主は後続から飛び出した竜騎手だ。

 俺が気を取られた隙に差を詰めて来たか。

 その竜騎手の言葉にキレたのか、顔を真っ赤にした安室が振り返る。



「コイツをバカにするな! ニューガンドムは伊達じゃない!!」



 その瞬間、安室の想いに応えたのかガンドムが急加速する。


『おっとー! ここでガンドムが急加速。これは強い!』

『完全に飛びぬけましたね、兄上。まさに白い流星の名は伊達じゃないようです』



 これには俺も驚いた、なんという速さだ! 

 ガンドムはぐんぐん加速するとあっという間にゴールへと飛び込んでいく。

 すでに俺たちとの差は数十メートルはある。

 これはもう勝負あったな。



「嘘だろ……、あんな竜がどうして……?」



 まさかの展開に放心したのか、竜騎手が呆けた声を上げる。

 なんと隙だらけな。ここが紛争地帯なら頭を撃ち抜かれているだろう。



「そろそろゴールだ。すまんが覚悟を決めてくれ」


「はぁ、覚悟って……っ!? おい、何でお前俺の後ろに!?」



 竜騎手はぎょっとした顔で叫び出す。

 まさかコイツ、俺が竜に飛び乗ったのにも気づけなかったのか?



「あれっ!? 他の竜騎手は……」


「え、投げナイフで仕留めたけど」



 この男、仲間が俺の投げナイフでリタイヤしたことも今気づいたようだ。

 レース場の遥か後方で、落馬した仲間が足に刺さったナイフを痛そうに押さえ、うずくまっているのを青い顔で見つめていた。


「安心しろ、峰打ちだ」


「お前、峰打ちの意味分かってる……?」



 最後の竜騎手はぞっとした様子で口を開く。

 まったく、この天才になんという愚問を投げかけるのか。



「ふっ、当然さ! 急所を外すって意味だろ?」


「いや違ぇよ」


 男は呆れつつノータイムでツッコんできて、俺はわずかに怯む。

 え、峰打ちって急所外す事じゃないのか?

 いや、おそらく偽りの情報でこちらを惑わす作戦か……。その手には乗らんぞ!



 ゴール直前で、俺は竜騎手を担ぎ上げると思いっきり投げ飛ばす。

 男は悲鳴を挙げることなくレース場を転がっていく。

 ほう、敵ながらあっぱれな精神……ん? あいつ気絶してないか?

 まあ呼吸してるし、尻から落ちてったから大事には至ってないだろう。



 ゴールテープを切った俺を観客の声援(罵声)が出迎えてくれる。

 さて、これで妨害アリのレースなんてなくなるはず。

 まったく自分の頭脳が恐ろしくなるな!


『おい、審判! あいつ自分の竜でゴールしてないぞ! 失格にしろ!』



 おっと、どうやらまた実況席に誰かが乗り込んだようだ。

 会場全体にどすの効いた声が響き渡る。



『ええっと、ドラゴンレースのルールブックには他人の竜を奪ってゴールしてはいけないというルールはありません』


『よってセーフです。妨害アリだからしょうがないですね』


『ふ、ふざけんなぁっ!!』



 万雷の如き観客の罵声の中、俺たちのドラゴンレースは大成功に終わった。



 ◇


「すごいよ、賢者さん! これが天才の戦い方なんだね!」



 レース場に隣接した竜舎に入った俺たちをバッカスが出迎えてくれた。

 うむ、この男分かっているではないか。

 満面な笑顔のバッカスと違って、お付きの者やシュリの表情は硬い。

 お腹でも痛いのか……?



「若様、これはどう考えても天才じゃないです……」


 なんか失礼な奴だな。

 まあいい。真の天才とは中々評価されないモノだからな!

 ちょっとテンションの下がった俺の耳に多くの足音が届いた。

 これは……足音からすると30人くらいか?

 俺が足音に気づくのと同時に、竜舎内に30名ほど男がなだれ込んできた。



「おうおう! 大分好き勝手してくれたじゃねぇか!」



 ドスの効いた声と共に、山賊面の大男がチンピラを引き連れて俺たちを取り囲んできた。思ったより早かったな、こいつらがここの胴元か。

 向こうから来てくれるとは好都合だ。



「ガキども、覚悟はできてんだろうなぁ……! おう! やっちまえ!」



 荒事の予感に振るえるバッカスやお付きの者を前にして、獰猛な顔つきの男が腕を下ろす。だが動くものは誰もいない。

 大男はそれを不審に思ったのか、苛立った様子で後ろを振り返る。



「お前ら、俺の言うことが聞けねぇの……うぉ!? 誰だてめぇら!?」


「あ? 獅子堂学園の生徒だけど? 秀也、レース中に潰しといたぜ」


「ナイス毒島。さすがに仕事が早いな」



 大男の後ろにいたのは、チンピラ風の衣装を着た俺のクラスメイトだ。

 クラスの皆にはレース中にドラゴンレースの胴元を叩き潰してもらった。

 勝負をひっくり返すと暴力に訴えて来るところは異世界でも変わらないらしい。



「それにしてもいつもより楽だったよな~」

「ああ、普段は銃とかで武装してるからな」

「違法カジノ潰したのって何回目だっけ?」



 地球にいたときは、獅子堂学園の課題でよく違法カジノを潰しに行ったものだ。

 確かあそこってテロリストの資金源になってたんだったか?


 俺はクラスメイトの見回す。

 欠員や怪我人はゼロ。

 戦利品をたっぷりとリュックに詰めたクラスメイトの様子を見るに、こいつ等はかなり現金を持っていたみたいだ。

 全て貰っていこう、これで領地経営も楽ちんだな!



「お前ら一体……」



 困惑する大男を見て俺はある事を思い出した。

 たしかドーラ商会とかいったか?

 悪い奴っぽいし、奴らも成敗するとしよう。

 きっとたくさん金を持ってるはずだ。

 悪い奴は成敗できて領地経営でシュリ達は喜ぶ。

 まさにウィンウィンの関係という奴じゃないか?

 海賊や山賊、テロリストからは奪っても罪にならないと教官も言ってたしな。



「さて、お前に聞きたいことがあるんだ。ドーラファミリーやドーラ商会について教えてもらおうか」



 俺は爽やかな笑みを浮かべ、ナイフ片手ににじり寄った。



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