第29話 レース前半


『さあ、レースが始まり……っ!?』


『おおっと! 突然眩い光が発生したぞ! これは一体何だ~!?』



 実況席の競竜ブラザーズが悲鳴を上げる。

 俺が投げたのはシュリ達と協力して作った即席の閃光弾だ。

 元は相手を怯ませる子供騙しの術らしいが、この天才の働きによってそれなりに実戦に耐えうるものになったと自負している。

 まぁ、獅子堂学園の生徒なら閃光弾ごときで怯んだりはしないが、並みの相手には十分すぎるほど効くはずだ。



 俺と安室は騎竜に目をつぶらせていたため、難なく最高のスタートダッシュを切った。しかし他の竜はまともに閃光を見てしまったせいか、大きく出遅れたようだ。

 これで『壊し屋』がよく使う戦術、レース開幕に他の竜をぶっ潰す作戦は封じた。

 このまま逃げ切れればいいのだが……。



 だが俺の願いとは裏腹に、二匹の竜が追いすがってくる。

 当然ながら『壊し屋』とギガノトスとかいう竜だ。

 これは早くも秘密兵器その2の出番か?

 俺が背中の麻袋に手を伸ばした瞬間、実況席の2人が事態を飲み込んだ様子で解説を始めだした。



『弟よ、あれはもしや……』


『ええ。閃光弾ですね、兄上。ルールの穴を突いた見事な策です』



 実況席の競竜ブラザーズはクラスメイトの甲賀と伊賀が成り代わった偽物だ。

 あの2人には観客に「妨害アリのレースは駄目じゃね?」と思わせるような実況をしてくれと頼んだが、果たしてコレはどうなんだろうか。

 少し弱くはないか? そう思った時、会場に怒声が響いた。



『ふっ、ふざけんなぁ!! あんなの反則だろうがっ! おい、審判! さっさと反則負けにするかやり直しにしろ!』



 知らない声が会場に響き、不審に思った俺が横目で確認すると、実況席に観客が怒鳴りこんでいたのが見えた。気持ちは分からんでもない。日本の競馬でこんなのやったらたぶん出禁だろう。



『ええ~と、ドラゴンレースのルールブックにはレース中に閃光弾を使ってはいけないとは書かれていません』


『よってセーフです。いや~、ドラゴンレースは妨害アリだから仕方ないですね~』



 競竜ブラザーズに成り代わった甲賀と伊賀が笑顔で言い返す。

 うむ、俺が教えたとおりにやってるな。

 実況席に怒鳴りこんだ観客も黙り込んでしまった。

 完全論破って奴だな!



『常識的に考えておかしいだろう!?』


『おかしくなんてないですよ』


『スタッフゥ~、ちょっとこの人奥に連れてって~』



 甲賀と伊賀に殴りかかろうとした観客を警備員が取り押さえてスタッフルームへと連れていく。当然、警備員は獅子堂学園の生徒だ。

 これで妨害アリのレースは駄目だというのが観客にも分かったはず。

 さすが天才、すべてが思いのままだ! ここまで来ると自分の頭脳が怖くなる。



 作戦通りに行き、気分が良くなった俺の視界の中で大きな動きがあった。

 壊し屋とギガノトスの2匹が上がってきたのだ。

 先頭の俺や安室と10メートルの距離まで詰めて来ていた。

 やはり竜の身体能力は向こうが上か。

 ここは秘密兵器その2に頼るしかないな!



 俺は皮手袋をした手を背中の麻袋の中に突っ込み、ブツを握る。

 さあ民衆よ、刮目せよ!

 これが天才の戦い方だ!



「どりゃぁっ!!」



 俺は遊びナシの全力でそれを相手の騎手に向かってぶん投げる。

 それは時速150キロの速度で追いすがる騎手の顔面に命中した。



「ぐはっ! な、何だこれは!?」

「くっ、くっせぇぇ!? おいコレ竜のウンコじゃねぇか!?」



 中々察しがいいじゃないか。

 その通り、秘密兵器その2は竜のウンコを固めたものだ。

 これが中々どうしてマジで臭い。

 背中に背負った麻袋には竜のクソボールがたっぷり詰まっている。

 俺は矢継ぎ早にクソボールを次々に投げ込んでいく。

 こう見えて俺の球速は大したことないが、コントロールだけはいいと教官にも褒められるほどだ。この距離で外すことなどありえない。



「フハハハハハ! これが天才の戦い方だ!」



 テンションが上がってきた俺はクソボールで次々にヘッドショットを決めていく。

 汚物の雨が降り注ぎ、後続の騎手たちの体にキレイな所など完全になくなる。



「やめろクソガキ……ぐえぇ!? あ、頭おかしいんじゃねえのか!?」

「おえぇぇっ!! く、口に入ったぁ!?」

「これのどこが天才だ!?」



 なんと失礼な!?

 この寸分違わぬ完璧なピッチングなど野球の試合だったら拍手喝采ものだろうに。

 そういえば甲子園に出る選手の球速ってどのくらいなんだろうか?

 以前、獅子堂学園の体育で外部のチームと野球をしたことがあったな。

 たしか相手は『読買タイタンズ』とかいったっけ。

 どっかで聞いた名前だが、たぶん草野球のチームとかだろう。

 何かおっさんばかりだったし間違いない。

 クラスメイトの毒島の投げる170キロの剛速球を誰も打てず、一回裏で11点入れて獅子堂学園のコールド勝ちだった。



『おいおい! 俺ら甲子園出れんじゃね?』

『教官! 甲子園の選手って時速どんくらいの玉投げるんすか?』



 快勝に喜ぶ俺たちは、「なんなら甲子園狙っちゃう?」とか言って大盛り上がりだったのをよく覚えている。だが俺たちは次の教官の一言で静まり返った。



『……こ、甲子園のピッチャーはその、時速200キロは出てるぞ! お前たちなどまだまだだ! もっと精進しろ!』


『なっ!?』

『すげぇ!?』

『なんてことだ、160キロなら軽く投げれるけど……』

『ああ、その程度なら投げれるけど時速200キロは無理だぜ』



 こうして俺たちは甲子園を諦めた。そういえばあの時の教官はやけに苦い表情をしていたけどお腹でも痛かったんだろうか……?



「おっとマズイ」



 昔の思い出に浸っていたせいか、後続がジリジリと距離を詰めてきたのに気づくのが遅れた。俺もまだ修業が足りんな。

 自分を戒めていると、追いすがるギガノトスの騎手がウンコ塗れの顔に青筋を浮かべて怒鳴ってきた。



「食らえ、イカれたクソガキめ! テメーの死体は竜の餌にしてやんよ」



 いかにもチンピラと言った風体の男の指示に従って、俺の目の前でギガノトスが大きく口を上げる。おそらくブレスを吐くつもりだろう。

 まったく舐められたものだ。

 こんなの隙だらけで攻撃してくださいと言っているようなものだ。

 俺は大きく開いたギガノトスの喉奥へ時速150キロのクソボールを放り込む。

 その直後、謎の爆発を起こしたギガノトスは転倒した。



「何が起きたんだ……?」



 予想外の出来事に俺は呆気にとられた。

 暴発? それとも引火したのか? 一体何に引火したんだ? 

 この天才にも分からん!

 『壊し屋』に乗る騎手もこれには驚いたようで、彼は声も出ないといった感じで固まっていた。その直後、再度会場に怒声が響く。



『おい審判! いい加減にあのガキを反則負けにしろ! いくら何でもやりすぎだろうが! 俺がいくら金を賭けてると思ってんだっ!?』



 どうやら懲りずに実況席にまた観客が怒鳴りこんできたようだ。

 しかし競竜ブラザーズ(中身は甲賀と伊賀)は慌てずに言い返す。



『ええっと、ドラゴンレースのルールブックには対戦相手にウンコ投げちゃいけないとは書いていません』


『よってセーフです。妨害アリのレースだからしょうがないですね~』


『ふ、ふざけんなぁ!!!』



 再び警備員によって連行される観客を横目で見ながら、俺は糞まみれの皮手袋と麻袋を投げ捨てる。あちゃ~、調子に乗ってホイホイ投げすぎたな。

 クソボールの残弾はゼロだ。まあ全く問題ないが。

 俺は一角竜のブロスの手綱を引いて速度を落としていく。

 すると壊し屋はこれを好機と見たのか、一気に距離を詰めて来る。



『おっと~! 一角竜のブロスが速度を落としていくぞ。トラブルか!?』


『もしや体力の限界ですかね? ブロスは老いた竜ですから』



 実況席の競竜ブラザーズの言葉に、壊し屋の騎手が凄惨な笑みを浮かべる。



「さんざん調子に乗ってタダで済むと思うなよ? 老いた竜ごとぶっ壊してやんよ!」



 やれやれ。

 どうやらブロスの体力が限界だと思っているようだが、それは違う。

 わざと速度を落とさせたのだ。

 レースも残すところあと僅か。

 さて、気を引き締めていくか!

 俺は腰のナイフを引き抜くと壊し屋の騎手へ向かって飛び掛かった。


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