第18話


「贈り物でもしたのか」


天蓋を出たあと、夜空に煙を吹かしていた親方に話しかけられた。正一の方を一目も見ずに、月に煙を吐く。


「だったらなんなんです」

「やめておけ、これ以上優しくすんのは」

「……はい?」

「抱きてえならさっさと抱きゃあいいだろう」


下品な言葉に、正一は顔をしかめた。


「何を……」

「何、やり方がわからねえならアイツに手ほどきしてもらえばいい」

「だまれ」

「お前といるときゃあ純情そうな顔してるが、それなりに客は取らせてる。抱きたいと一言いやぁ……」

「黙れ!」


正一は、親方の胸ぐらを掴んだ。怒りで荒くなった呼吸は、肺にうまく酸素を送れない。握りしめた拳で、手のひらに爪が食い込む。そんな怒りを当てられても、男は平然な顔をして煙草をくわえている。


「なんだ、図星か」

「あの歯形だって、知ってたんだろう、お前は!」

「俺は仕事しただけだ」

「何が仕事だ、ミズを傷つけるようなこと」

「は……ミズだぁ? お前、“アレ”に名前つけてんのか」


親方は、嘲笑うように失笑した。正一は思い切り、つかんだ胸ぐらを突き放した。親方は砂利に、どし、と尻餅をつく。怒りと、訳のわからない感情で正一は肩を上下させた。


「化け物に情いれんじゃねえよ。ボン」


気怠げに立つ親方に、正一は唇を噛んだ。


「化け物が……あんな悲しげに笑うものか」

「笑ったって泣いたって、化け物は化け物だ」


親方は、正一を睨む。土のついた砂利を雑に払えば、短くなった煙草を加え直す。


「お前は、アイツにとって一番毒なんだよ」

「毒って、何だ。歯形をつける客の方が、よっぽど酷いだろう」

「だからお前は酷いんだ、ボン」

「何がだ」


煙草の燻る匂いが、2人の間を満たした。


「バケモノはバケモノの世界がある」

「お前たちが、人間の世に勝手に連れてきて、なにが化け物だ」

「……」

「海で悠々と過ごしていた所をひっ捕まえて、あんなところに入れて……」


親方は、短くなった煙草を砂利に投げた。赤く灯る火はすぐに消えた。


「ミズは、悲しむし、傷付く。喜ぶし、楽しげに笑う」


お前たちの方が、化け物だろう


正一は、ぎり、と唇を噛んだ。

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