第14話

 見世物小屋の親方が、いつも通り、煙草をふかしていた。夜、この役者たちを買いに来る好き物たちから金を取るためだ。ポツポツと立ち並んだ古臭い天蓋を、目を細めてみる。

 中の蝋燭のせいで、まるで影絵のように中の様子が分かった。楽しげに会話をしているもの、乱暴に扱っているもの。男は、よっぽとじゃなければこの立ち位置から動くことはなかった。言えば、面倒なのだ。髪を引っ張っているのが見えたって、死ななきゃいいと煙草を蒸す。酷く隈を作った目は、闇夜と同じ色をしている。


 無精髭の生えた口から、煙を吐いているところを、下男が話しかける。


「親方、変わりましょうか」

「いいや、いい」

「でも、立ちっぱなしは辛いでしょう」


そういうと、下男に目もくれず話した。


「中で雑用やってるよりゃあ、突っ立ってた方マシだ」

「そうですか……」

「下手にお前が立って、値切られちゃ堪んねえからな」


いいから、中に戻れと指示する。ぺこりと頭を下げると、早足で小屋に入っていく。一服の邪魔するなと、少し舌打ちをする。


「やあ、やってるかね」


暗がりから、声が聞こえる。歩みを進め、段々と姿が見えた。小太りで、いい生地で着物を作っている。少し見ても、富裕層なのだと分かった。短くなった煙草を砂利に捨て、靴で踏みにじる。


「ええ、勿論」

「昼間見た、あの人魚。素晴らしかったよ、綺麗な鱗に張りのある肌……」

「そりゃあ有り難い」


親方は、そんな下衆な男の笑みに、にやりと笑った。口角を上げた醜い豚のような客だったけれど、身なりを見ればかなりの金を持っていそうだ。親方は、断るわけがなかった。


「丁度、空いてますよ」

「話が早くて助かるよ」

「それじゃあ……」


親方が、値段を言う前に、重い巾着が手に乗る。一体いくら入っているのだと、びくりと固まった。一晩では多すぎる金だと、手に乗せられただけでわかる。


「お客さん、一晩でこれですかい」


身請けするわけには行かないんですが、そう苦笑いすると、客は笑った。粘着質な笑みは、二人の間を通り抜ける生ぬるい風のように小気味悪い。一体なにをするつもりだ、これだけやったのだから少しのことでは言うなよ、そんな気持ちが汲める。


「気持ちだ、取っておきなさい」

「……こりゃドーモ」


この地域にしては、珍しく羽振りのいい客だと、親方はへらりと笑うと、ミズの居る天蓋に歩みを進めた。

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