第12話
「なぁなぁ、あの簪、誰に送ったんだよ」
「誰でもいいだろう」
「なんだよ、一緒に選んでやっただろう」
そんなこと関係なしに清はなぁなぁとくっつき回ってきた。どうして人通りの多い道路で、するするとついて来れるのか妙に感心した。
後ろから茶々を入れるのが、一緒に選んだことになるか! と怒鳴ると、まるでしょげた犬のように分かりやすく眉を垂らした。
「ただ俺は、お前がその女性とうまくいけば良いと……」
「うっ……」
その様子は、まるで正一がひどく清を痛めつけているようだった。実際、正一のきつい性格からして、そうなっている。しかし、いぢめているんだわ、と周りからヒソヒソと言われている姿に喉をつまらせた。
ひとつため息を吐くと、ごほん、と咳払いをした。
「……誰とは、言いたくないが」
「! ああ」
「簪は、すごく喜んでくれた。……ありがとう」
表情は変わっていなかった。けれど、ありがとう、と呟く正一に、清は糸のような目を吊り上げて笑った。それはよく見せるニヤリという策士な笑顔ではなく、ただ単に嬉しい、と言った笑顔に正一はズキリと胸を痛めた。その痛みの正体は、正一はまだ知らない。
「よかった! だから言っただろう、女性には髪飾りだって!」
「……ああ」
「次は何をあげるんだ?」
万年筆をと、と呟くと、清は、ははぁと顎を摩った。颯爽と歩く正一の横を、清がペラペラと喋りながらついてくる光景は日常であった。清は空想に夢中で、少し下を向いて、考え込む正一に気付かなかった。
「あの硝子の簪が似合って、お前が万年筆を送るほどの才女だろう? ああ、さぞかし綺麗なんだろうなぁ」
確かに、あのガラスの簪はよく似合っていた。まだ、才女というまでではないが、きっとミズは頭が良い。ふ、と思い出し微笑むも、鼻の下を伸ばす清に一喝した。
「……下手な詮索はやめろよ」
「ああ分かってる分かってる、それでもひと目見てみたいものだがな」
「……そうか」
「当たり前だろう?」
目を閉じて、きっとこういう人なんだろうと空想を膨らます清をみて、正一はふと思った。これから、正一が清にミズを紹介することはあるのだろうか。普通の女性のように、好いてる人だと自分は言えるのだろうか。
何故、いま自分は“言えない”と言ってしまったんだろうか。そんな自己嫌悪が心に薄く纏った。
「……いつか」
「ああ」
「いつか必ず、紹介する」
清はいつにない正一の言葉に、頼むぞ、と笑って返した。
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