第11話
濡れてどうしようも無くなった手帳を、ミズは眺めて居た。一緒に書いたウレシイも、名前も滲んでしまった。もらった簪を耳の上に刺しながら、ただ手帳を見つめ、頭を揺らし、時折硝子を鳴らしていた。
「手帳、落としてしまったのか?」
ミズは、悲しそうにこくりとうなずく。眉を垂らして、申し訳なさそうなミズに、正一は笑顔で言った。
「俺もよく風呂で本を読んで落としてしまうよ。ミズも同じだな」
こればっかりは、いくら気をつけてもやってしまうんだよなぁ、と正一は困ったように笑った。そんな笑顔に、怒らないのかとミズは正一の顔をきょとんと見つめる。
「どうした? 手帳なら次来た時また、持ってくるから安心してくれ」
「!」
そういう意味ではないのだと、ミズは頭を振った。ふわふわと靡く髪の毛に、シャラシャラという硝子の鋭い音は妙に合っていた。
「どうした?」
ミズは、あぐらをかいている膝の上に乗った正一の手をがしりと掴んだ。
「うわっ、どうしたんだ?!」
「……」
「ミ、ミズ?」
いきなりの出来事に、正一は顔を真っ赤にしながら固まった。ミズに、ただ手のひらだけを差し出す。正一の大きな手のひらに、ミズの冷たく細い指が伝う。手のひらに指で文字を書いていた。
「オコル……」
ミズは頷いた。手帳を指差し、無駄にしたことを怒らないのかと正一に聞いていた。正一は、ああ、そういうことかと呟く。
「そんなことでは怒らないよ」
大丈夫。そういうと、ミズは眉を垂らし、しょげている様だった。怒られることが嫌ではなく、ただ一生懸命書いた文字が台無しになったのが悲しいのだろう。尾でパタパタと床を叩く。まるで拗ねている子供の様で、下を向いてしまったミズの顔を覗き込んだ。
「ミズ?」
「……」
手持ち無沙汰なのだろうか、ミズの指はただひたすらに正一の手のひらをくるくると回っていた。冷たいミズの指が、ミズの小さな爪が引っかかるたび、正一の心臓が跳ねる。
「そ、そうだ! 今日はもう、書く練習は出来ないし、話でもしようか」
ミズは、未だ拗ねているのか口を尖らせていたが、ゆっくりと頷いた。しかし、話すと言っても何を話せばいいのか、正一は顎に手を当てウーン、とひとしきり悩んだ。
「友人……友人といっていいのか分からないが、その簪を選ぶ時、色々言われたんだよ」
言われた? ミズが首を傾げると、シャラリと綺麗な音が響く。
「こっちのほうが流行りだの、可愛いだの、綺麗だの……うるさいんだよ、あいつ」
はは、とぎこちなく正一は笑う。まだ触れているミズの手のせいで、耳は真っ赤だった。
「……でも、これにしてよかった」
正一は、首をかしげて簪を見ると優しげに笑った。その優しい、柔らかい笑顔に、ミズも、ふんわりと笑う。
「しかし、流行りというのも……」
正一のここちよい声に、ミズは瞳を閉じる。簪をチャリ、と鳴らし、正一の肩に頭を預けた。
「! ミ、ミズ!?」
固まる正一に、話して《ハナシテ》と指で書く。
機嫌がいいのか、大きな尾をはためかせていた。チラチラ光る鱗と、ステンドグラスのように輝く尾は、なんとも綺麗で目が奪われるほどだった。
結っていない髪の毛が、正一の頬を撫でる。
「り、リボンっていうものも可愛いらしくて、その……」
正一が内心、何を話したか覚えていないほど緊張したのは、秘密だ。
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