第21話 ぼくらの戦い ⑷
天記はエンキの方へ向き直ると、意識を集中した。
すると、天記の目が人のそれから、龍の瞳に変わる。ギラギラと輝く銀色に近い青。それと同時に、体つきがブワッとひとまわり大きくなった。両手の爪は伸び、頭には小さくだがツノが生えていた。
岳斗の戦う姿を見て、竜之介の行動を見て、今、天記に怖いものはひとつもなかった。
エンキと天記はお互いに向き合い、じっと相手をにらみつけた。
「龍神の子だな、ようやく会えた。しかしまだ若い、力もない、全く相手にならんな」
グルルッと、天記は人のそれではない、低いうなり声をあげた。
「お前がエンキ、俺には今のお前も大したことないように見えるけど」
まるでいつもの天記とは違う。
体中からムクムクと力が湧きあがってゆく。怒りの感情と、どうしようもなく暴れだしたい欲求とで、天記はもはや自分の意志とは関係のない、闘争心に支配されていた。
「うおぉーッ!」
エンキが最後の力を振り絞り、体全体で襲い掛かってきた。
両手を上げて、長く鋭いその爪を、天記めがけて振り下ろそうとする。
天記は、地面を蹴った。人のそれではないジャンプ力だ。三メートルほどもあるエンキの頭上をはるか高く超え、見えないほどのスピードで、一気に剣を振り下ろす。
左肩から斜めにざっくりと斬り下ろし、天記はまるで体重を感じさせないほど軽く着地した。
次の瞬間、エンキの大きな体は崩れ落ち、地面にバッタリと倒れた。
大きな猫の体のいたるところから、黒いもくもくとした物体が出てきて、上空に昇っていくと、蒸発するように消えていった。
天記はそれでもなお、興奮し続けていた。
戦う相手が他にいないかと、ギラギラとした目を巡らす。獣のような低いうなり声を上げながら辺りを見回すとふと、竜之介と目が合った。
なぜか、天記が正気ではない気がした。竜之介は、近づいて来る天記の速さと同じくらいの速度で、後ずさった。
「マズイッ、天記!正気に戻るんじゃ!もう戦いは終わった!」
紫龍の声にも反応しない。あまりの興奮で、天記は自制が効かなくなっていた。
天記は、ゆっくりと竜之介の方へ進みながら剣を握りなおす。
「天記?俺だよ、竜之介だって。」
「グㇽㇽゥ・・・」
低くうなりながら近づいて、剣を振り上げた時。
「天記ッ!」と、岳斗が叫んだ。
聖水の剣で貫いた傷はすっかりなくなっていたが、岳斗の体はエンキと戦った傷でボロボロだった。
岳斗はうずくまったまま、動くことができず、声を絞り出して必死に天記に向かって叫んだ。
「天記!アキッ!こっち見ろ!」
天記の足がピタッと止まり、声に反応した。天記はゆっくりと岳斗の方に視線を移し、うずくまる岳斗が視界に入ったとたん、ふっと我に返った。
一気に元の姿に戻る天記に合わせるように、聖水の剣も元の木刀に戻った。
「岳斗!」
天記は岳斗に走り寄り、抱きかかえるように体を起こした。
「岳斗、大丈夫?」
腕にも足にも背中にも、胸にも顔にも、あらゆるところから出血している。
「うぅっ。」
苦しそうに声を漏して、岳斗はもうそれ以上何も話せなくなってしまった。
(そうだ、力を使うのは今だ)
天記は両手を広げて、岳斗の体を大きく包み込んで抱きしめると、意識をそこだけに集中させた。
(自分の力で、これだけの傷を癒すことができるだろうか?)
不安はあったが、天記は全ての力を使い果たしても、岳斗を助ける気でいた。
二人の体が白い光に包まれて、まぶしさで直視することもできないほどになった。
長い間光っていたかと思うと、一瞬で光が消え、後には二人がその場に倒れ込んでいた。
竜之介とチシャが二人にかけ寄り、体を起こしてやると、岳斗の傷はすっかりキレイになっていた。天記も、流石にくたくたになったが、どうにか無事だった。
残された大きな猫はスーッと小さくなり、元の大きさに戻った。一方で空に昇って行ったエンキは、地の底から響くような、かすれたザラザラとした声でこう言った。
「……これは始まりに……すぎない。龍神の子よ、また会おう……」
その声は、電波が入ったり消えたりするラジオのように聞こえ、すぐに消えてしまった。
いつの間にか、頭上にあったはずの黒雲もすっかり消え、真っ青な空に太陽が輝いていた。
紫龍は、これまでの出来事を目にした人間の全ての記憶を消し、赤龍は自身の力によって、何にも触れることなく、さらわれた子供達を元の場所へと返した。
その上で時間の流れを戻すと、岳斗も天記も竜之介も、何もなかったかのように開会式の会場へ戻った。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
その後、大会は滞りなく行われた。
しかしながら、岳斗も天記も激しく体力を奪われていて、いつものように動くことは難しかった。
必死に戦ったものの、準決勝で敗れ、三位決定戦でも負け、四位という結果で、悲願は達成できなかった。
優勝の大本命チームだっただけに、期待外れに終わり、保護者達の落ち込みようには二人共閉口した。
しかし、それよりも二人は、久しぶりにスッキリした気持ちを味わっていた。
今まで目に見えない敵だったエンキの正体を少しでも垣間見て、これからどう立ち向かっていくか考える材料になった。
それと、新たな仲間を得た喜びもかみしめていた。
表彰式、閉会式も終わり、会場から帰る前、竜之介はクーちゃんを抱えてチシャの前に立っていた。
「この子は、君が助けてくれたことを覚えていたのね」
チシャがクーちゃんの頭をなでながら言った。
「もう、この世にはいられない魂だものね。怨みなんか残さずに、神のいる場所に返してあげるわね」
そう言うとチシャは鈴を鳴らした。
チリ~ン。
深く澄んだ音色とともに、クーちゃんは静かに目を閉じた。そして、その体もスーッと消えていった。
竜之介は、一瞬宙に浮いたように見えたクーちゃんの影を追って、両手をあげながら空を見上げた。
「クーちゃん、バイバイ」
竜之介は、紫龍が記憶を消そうとした時、こう言ったのだった。
「俺、忘れたくない。クーちゃんのことも、アイツと戦ったことも、岳斗や天記の秘密も。絶対に誰にも言わないから。俺たちは仲間だから。だから、お願い!俺の記憶消さないで。」
紫龍からそう聞いた岳斗と天記は、竜之介の意志を尊重するつもりでいた。
もうすっかり仲間なのだ。
「仲間になるってことは、これからも一緒に戦うってことだぞ。どんな危険な目にあっても知らないからな。何があっても俺たちについて来いよ、竜之介!」
岳斗が竜之介の肩にポンッと手を回す。
反対側から天記も手を回す。
「今度坊主になるときは、絶対言ってよね!」
さっきはあんなに強気で、恐ろしいほどの迫力を見せていた。
そんな天記の口から出たとは思えないくらい、子供っぽい発言に、岳斗も竜之介もゲラゲラ笑いながら「もう、しねーよ!」と、叫んだ。
三人は、オレンジ色に光る夕日を見ながら、道場へ帰るバスに乗り込むため歩き出した。
つづく
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