第20話 ぼくらの戦い ⑶

 竜之介は震えていた。恐怖と悔しさで、震えが止まらなかった。しかし、このままではどうしようもない。今がチャンスなのだ。

 エンキが弱っているこの瞬間しか、勝ち目がない。


 (自分がやるしかない)


 竜之介はエンキに立ち向かうため、聖水の剣に手を伸ばした。

 両手でつかんで持ち上げようとするが、さっきまで岳斗が振り回していたはずの剣は、重すぎて全く持ち上げることができない。


 「どうして?」


 まるで、根っこでも生えてしまったかのように、ビクともしないのだ。これでは戦うことなんてできない。


 (いったいどうしたら?)


 竜之介がおろおろしていると、後ろからエンキの恐ろしいうなり声が聞こえた。

 怒っている。それはそうだろう。怒りが頂点に達したエンキは、頭からケムリのようなものを出している。

 目は今まで以上に血走り、全身の毛を逆立てていた。

 恐ろしくて振り返るのもイヤだったが、この状況ではどうすることもできず、竜之介はとりあえず、ゆっくりとエンキの方へ向き直った。

 見たくはないが、見るしかない。竜之介の目に映ったのは、十二年間生きてきて、今までに見たことのない、凄まじく恐ろしい姿だった。

 一歩一歩近づいて来るエンキ。もう成す術はなく、ただ横たわっている岳斗の前に立っていることしかできない。

 竜之介は、目の前に迫るエンキの迫力に圧されながらも、ふとその体の模様に目を止めた。


 「あれっ?」


 あの模様……首の下、トラジマの中に三日月の形。右の後ろ脚の傷、わずかに引きずっている歩き方。それには見覚えがあった。


 「クーちゃん、クーちゃんだろ?!」


 突然、竜之介がエンキに向かって話しかけた。


 「なに?」


 エンキが眉間にしわを寄せた。


 「クーちゃん!俺だよ、竜之介だよ。覚えてるだろ?」


 一年前、心ない人間に虐待され、ひどい傷を負って捨てられていた。その猫を助けたのは、竜之介であった。

 竜之介はそうして、何匹もの傷ついた動物達を助けてきた。

 チシャにエンキの居場所を教えてくれたあの猫を、助けたのも竜之介だった。



 一度は命拾いしたはずの『クーちゃん』は、再び人の手によって、生と死の間に追いやられ、エンキにその体を奪われた。

 じりじりと近寄ってきていたエンキの足が止まり、体がグラグラと揺れだした。

 そのうち、自分の意志では体をコントロールできなくなり、エンキの顔には焦りの色が見え始めた。

 うなり声をあげながら、苦しそうに身をよじるエンキ。次第に体のそこここから、モヤモヤとしたものが少しずつ抜け出していった。

 そのうち人間のように二足歩行だったはずが、前足を着き、猫の体勢になる。

 化け猫はじっと竜之介を見た。

 目の色が、エンキのそれと猫の目と交互に入れ替わり、お互いに奪われてはなるものかと、体の主導権を争っているようだった。

 それと同時に、今まで乗っていた黒い大きな雲の足元がゆらゆらと揺れ出した。それから少しづつ穴が空いて、一人二人と子供達がその隙間から、ふわふわと地上へ落ちてゆく。



 地上では、紫龍が時を止めていた。落ちてくる子供の時も次々に止め、天記やチシャや赤龍が、安全なところへ移動させる。

 さらわれた全員が地上へ戻り、最後に竜之介と岳斗が降りてきた。

 地面に足を着くと、竜之介は天記に言った。


 「よくわかんないけど、俺のことは止めないで。」


 おそらく、地上にいる子供たちが動ないのを見てそう思ったのだろう。

 竜之介は、紫龍や赤龍を見ても、もう驚くことはなかった。ただ、今の状況とクーちゃんのことを心配しているようだった。

 岳斗は、気を失ったままゆっくり降りてくると、地上にある自分の体に吸い寄せられるように近づき、青白く光りながら重なっていった。

 紫龍がすかさず言った。


 「天記!完全に岳斗の体に戻る瞬間に剣を抜け!」


 そうしなければ岳斗は死ぬ!そう言いたかったがそんな時間の余裕はなかった。

 しかし、天記もなぜか言われなくてもわかっているような様子で、素早く駆け寄り、剣の柄を握った。

 岳斗の体がゆっくりと重なり、ピタリと一緒になった時、天記は力を込めて思い切り剣を引き抜いた。

 剣を抜いたと同時に、エンキが地上に降りてきた。頭上の黒雲は、ちりぢりになって次第に無くなってゆく。

 もはやエンキに逃げ場はない。クーちゃんから離れれば、実態のないエンキが天記に向き合うことはできない。

 目の色をくるくると変えながら、もがきながら、それでも天記に近づいて来る。



               つづく


 

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