第16話 龍神の力 ⑵

 次の日の朝、テレビのニュースも新聞も、アーケードでの無差別傷害事件で持ち切りだった。

 犯人は逮捕され、被害者は六人。その中に桜井も含まれているが、亡くなった人はいない。

 それも天記の力のおかげなのだが、肝心の天記はいまだ目覚めていない。岳斗の部屋のベッドの上だ。

 帰ってきて天記を自分の部屋に連れてくると、真紀に電話して家に泊めると連絡した。

 血だらけの服を脱がせた時、天記の胸には桜井が負った傷と同じところに、黒い刺されたような形のアザがあった。


 「しばらくは消えんよ」


 紫龍が言った。

 それから、これが『助けてはいけない場合』を助けてしまった後遺症で、その傷を自分の体に移してしまうことになる、と教えてくれた。


 「天記にもわかっておったはずじゃ。助けてはいけない者の『気』には黒い色が混じっておってな。天記にはそれが見えとるし、あの者の『気』も黒かった」


 「俺が助けろって言ったから」


 岳斗は自分を責めた。

 岳斗は天記を守らなければならない立場だ。小さい頃から祖父にそう言われて育ってきた。今までずっと、その教えに従って生きてきたつもりだった。それなのに、今回は岳斗自分が天記を危険な目に合わせてしまったのだ。仕方がないこととは言え、こうなる事態を避けられなかったのは、自分の責任だと強く感じているようだった。

 その上、天記のことを一番理解しているのは自分だと思っていたのに、本当は何一つわかっていなかったのかもしれないと思うと、いっそう落ち込んだ。

 しかし、どこかで桜井を助けたことを間違っているとは思っていなかった。天記もきっとそう思っているはずだ。桜井に手を伸ばした時の天記の目は、怖いくらい真剣だった。ただ、こんなことになることを知っていたら、天記に助けろとは言わなかっただろう。

 とにかく、また次にこんなことがあってはいけないし、必ず天記を守らなければと岳斗は強く心に誓った。


 「ま、あれはあれで良かったのかもしれん。あの者は、そもそも死ぬ運命ではなかったしの。『運命の死』を救ってしまうと、その後のその者の運命全てを、天記が背負わなければならん」


 あの犯人には、エンキのが取りいていたらしい。紫龍は見たのだ。人間の記憶を消している最中、全ての時が止まっているにも関わらず、犯人の口から黒いモヤモヤとした煙のようなものが出て、どこかへ消えていった。


 「あれはエンキの欠片に違いない。あそこで力を使ってしまったからの。当然、天記の存在に気付いたはずじゃ。これから何が起こるか心配じゃな」


 紫龍の予感は的中した。

 その日から、支水神社の門前には何匹もの猫がうろうろし始めた。



 天記は丸二日間眠り続け、岳斗は何度か家族に怪しまれながら、なんとか天記が目覚めるまで守り切った。

 胸にあったアザも消え、天記は何事もなかったみたいに元気になった。

 そして、二日分の食欲を満たすかのようにひたすら食べた。

 月曜日には普通に登校できたのだが、外には猫達がうろついて、天記の出てくるのを今か今かと待ち構えている。

 仕方なく岳斗と天記は、森の中の祠から出入りしなければならなかった。

 桜井は、あの後すぐに救急車で病院に運ばれたものの、腕のケガも大したことはなく、今は家で療養中。


 「天記さん。あんなに死にそうな大ケガを治せるのに、どうして腕のケガは治らなかったんですか?」


 岳斗が素朴な質問をする。


 「あれはね、竜之介をいじめた罰」


 (結構、根に持つタイプなんだね、天記さん)


 岳斗は少し怖くなった。

 犯人の男は、操られて起こしたに違いないあの事件の他にも、たくさんの余罪があったらしく、逮捕されたことは良かった。

 天記と岳斗がその場にいたことは、誰も覚えていないし、知られてもいない。事件の話で学校中がざわざわしている時も「へぇ〜」と、二人して知らないふりをして聞いていた。



              つづく

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