第14話 恩返し
天記は自分の誕生日以来、いろいろなものが見えるようになっていた。この世のものでない者や、化け物のような者たち。「神」と呼ばれるさまざまな者。
初めのうちは、見るたびに驚いていたのだが、三か月も経つと次第に慣れてきた。
今日は十二月二十四日、クリスマス・イブである。言わずと知れたキリストの誕生日の前夜祭だ。
天記も岳斗も、ここ数か月にあったいろいろな出来事を思い出すと、今日のこの家族達の盛り上がりに、いま一つ付いていけない気がしていた。
二つの家族は岳斗の家に集まり、クリスマスパーティに興じている。母親二人はトナカイのコスプレをし、妹二人は天使の衣装を着ている。岳斗の父親岳夫はサンタクロースになって、ワインのグラスを片手に顔を真っ赤にしている。
まがりなりにも神社の宮司である。
そして天記の目には、たくさんの人に見えない者たちの姿も見えていた。皆なぜか、クリスマスパーティの輪に交じって盛り上がっていた。
「あのさ」
天記が口を開いた。
「この土地の周りって結界が張ってあるわけじゃん」
盛り上がりをよそに、二人は部屋の隅でクリスマスパーティのごちそうをほお張っていた。
「そうですね」
「じゃあさ、なんでこんないろんなものが入ってくんの?」
岳斗の箸が止まり、隣にいた天記の顔を見る。
「そ、そうなんですか?俺には何も見えないから分かんないけど、結界自体はエンキから守るためのもので、そのほかは……」
岳斗はそう言いながら、キョロキョロと周りを見回した。
今、天記に見える範囲では、人に見えるはずのないものが少なくとも四、いや五つはいる。
女の幽霊、座敷童、黒い毛むくじゃらの猿のようなもの、なにやら金ピカの衣を着た服の神らしき老人。白い袋を持っているけど、まさかサンタクロースじゃないよね。それと、小さなネズミが立って歩いている。
二足歩行で、やけに不自然なのにもかかわらず、誰も反応しない。どうやらネズミの姿は人には見えていないようだった。
(どこかで見たような?)
皆が盛り上がっている中、小さなネズミはその部屋から出ると、ドアのところで振り向いて天記の方を見た。そして、こっちへ来いとばかりに手招きをした。
(あっ、あの時の)
それは先日、ネズミ捕りから助けてやったカヤネズミだった。
天記が立ち上がって、ドアの方へ歩いていくと、岳斗が気付いてどこへ行くのかと声をかけた。
しかし、返事もなく出ていったので気になって岳斗は後を追った。
ネズミはどんどん歩いて行って、道場までやってきた。
天記が道場の明かりをつけると、ネズミは神前の下に並べてある木刀の前で止まった。
天記の後ろをついてきた岳斗も、神前の前まで来ると、いったい何事かと天記に迫った。
「岳斗には見えない?」
天記がそう言うと、カヤネズミが近づいてきて天記に話しかけてきた。
『その者の目に触れてみよ。見えるようになる』
言われた通りに、岳斗の両目に触れてみる。
岳斗がゆっくり目を開くと、目の前に二足歩行の小さなネズミが立っていた。
「へ?」と、岳斗が間の抜けたような声を出す。
そのあと天記が、岳斗に両耳に触れると、声を聴くこともできた。
「私はこの地に住み、この家を守る氏神だ。今私が借りているこの体は、私に古くから仕えているものだ。先日はこれが世話になった。そこでお礼と言っては何だが、お前たちの望む物を与えよう。聖剣を探しておったな、それはここにある」
カヤネズミは、木刀が何本か並んでいるうちの一本に、ピョンと飛び乗ってじっとこちらを見た。
「え、木刀なの?」
岳斗と天記は、顔を見合わせて首を傾げた。
そうしてカヤネズミは道場の神棚の上にピョンと乗ると、あっという間に消えてしまった。
「ちょっと待って!」
二人は慌てて呼びかけたが、すでに遅かった。
天記は、カヤネズミが示したその木刀を手に取り、納得できないと言うように眉間にシワをを寄せながら見た。
「この木刀」
それは、天記が生まれた時、ナギが柄の部分に「天記」と名前を彫って作ったものだった。今まで昇級審査などで剣道形を学ぶ為、何度も手にしてきた物だ。
二人は木刀を手に、地下室へ向かった。
地下室には相変わらず、チシャが出入りしている。今日も部屋の隅に置いてある椅子の上に、丸くなって寝ていた。
二人が入ってくるとパチリと目を開けて、睡眠の邪魔だと言わんばかりににらみつけた。
岳斗と天記はそんなことお構いなしに、中央にあるテーブルの上に木刀を置いて椅子に座った。
天記が紫龍と赤龍を呼び出し、チシャも何事かと人の姿に変身した。さっそく木刀を見せてみる。
カヤネズミが、木刀を示してくれたことを説明すると、チシャは自分の首に下がっている、鈴の由来について話し始めた。
「私のこの鈴も、始めは普通の鈴だった。私がこの猫に乗り移った時、ナギ様がくれたものなの」
猫の体が寿命を迎えた時、そのまま消えてしまうはずだったチシャを
「ある日の夜、聖水の力でこの響きが生まれたのよ」
チリ~ン。
チシャは鈴を鳴らした。
テーブルの上に置いてある木刀を目の前にして皆、次にどうしたらよいのかと考えあぐねていた。
岳斗が木刀を手に取った。
「天記の名前と、木刀の名前しか書いてないんだよなぁ」
木刀を両手で握ると、柄の右側に「天記」、左側に「月見岩」と木刀の名前が彫ってあった。
「ちょ、ちょっと待って」
岳斗が何か気付いたようだった。
立ち上がって、地下室から木刀を持ったまま、外へ出るための通路を走っていった。天記はとっさに懐中電灯を手にし、チシャと共に岳斗の後を付いていく。
祠の扉を内側から開け、暗い森の中に出る。空には雲がかかっているらしく、星一つ見えなかった。二人は懐中電灯の明かりだけで暗闇を進んでいった。
岳斗の家の裏庭まで来ると、岳斗は家の北東へ回った。見るからに樹齢の長そうな松の木が三本立っていて、左側に大きな庭石があった。庭石というよりは大きな岩。
高さが二メートルを軽く超えるくらい、幅も同じくらいあるだろうか。片方が階段のようになっていて、てっぺんまで登ろうと思えば行ける。
二人が小さい頃からよく、よじ登って遊んでいた場所だ。
岳斗が庭石の前でしゃがみ込む。庭石の周りには「龍のひげ」という植物がびっしりと敷き詰められて、岳斗はそれを必死にかき分けて何かを見つけようとしていた。
「……あった!」
岳斗が、懐中電灯でその部分を照らしながら指さした場所に、『月見岩』と彫ってあったのだ。
「どういうこと?」
天記には全く何が何だかわからなかった。
「多分だけど、この岩は月見岩って名前なんだと思う。小さい時、遊んでてここに文字があるのを見つけたんです。それと」
岳斗は立ち上がり、自分の身長とちょうど同じくらいの高さにある岩のくぼみに指を当てた。
「ここ」
よく見ると小さな穴が開いていて、向こう側が見えている。一センチほどの小さな穴である。
「ずっと前から気になってたんです。っていうか、不思議で」
岳斗は天記の手をつかむと、かまわずぐいぐい引っ張って、岳斗の家の方へ引き寄せた。
岳斗の家の北東には風呂がある。風呂場の窓はさほど大きくはないのだが、ちょうど月見岩の方角にあった。
「普段、風呂場はこの岩に遮られてて、全く月の明かりなんて見えないのに。冬にたった一日だけ、月の光が差すことがあるんです」
風呂場の窓の下に並んで、二人は月見岩を見上げた。
「それがいつなのか、たしか年が明けてからだったような気がします」
風呂場で見つけた文字、『満月光初一滴』。二人はお互いの顔を見た。
そうだ、ようやく糸口を見つけた。それはたぶん、年が明けて最初の満月の夜ということだ。
「一年にたった一度だなんて、まるでだれかに仕組まれてるみたいだ。」
天記が小さくつぶやいた。
天記も岳斗も、自分たちが運命のようなものの上に、まんまと乗せられているような不思議な感覚に、少し恐ろしさを感じていた。
妙な、クリスマス・イブの夜であった。
つづく
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