第11話 すれ違い

 毎日少しづつ寒くなって、どんどん冬らしくなってきた。

 木々の葉は紅葉を終え、はらはらと落ち、通学路を歩く子供達の足元で、サクサクと音を立てている。

 枝越しに上を見上げると、隙間から澄んだ青空が、夏のそれより面積を広げていた。

 岳斗も天記もここのところ、普通の小学生の生活を送っていた。エンキの気配もなく、おかしな事件も起こらなかったからだ。

 結局、聖剣になりうるような剣にもたどり着かず、満月の日まではまだ日にちがあるし、二人が今できることはなかった。



 学校での昼休み、二人は他のクラスメイトと一緒に校庭でサッカーを楽しんでいた。

 午前中にあった算数と漢字のテストが終わり、皆気持ちも晴れやかに、のびのびと走り回っている。

 岳斗は剣道だけではなく、サッカーも上手かった。足も速いし、運動神経も抜群にいい。

 幼稚園の頃は剣道よりもサッカーがやりたいと、道場主である父親を困らせたりしていた。


 「天記さん!こっち!」


 岳斗がゴール前で、自分にパスをまわすようアピールする。天記はそれにすぐ反応し、相手の隙間を縫うようにパスをした。岳斗はそのパスを胸でトラップすると、そのままゴールを狙って右足を振りぬいた。


 『ゴールッ!』


 チームメイトが大声で言う。 

 皆、岳斗のまわりを取り囲み、ハイタッチしたり抱きついたり、思い思いに喜びを表現する。

 天記はそれを遠巻きに見ていた。

 岳斗はいつでもヒーローだ。誰よりも輝いていて、誰よりもカッコイイ。そんな岳斗が自分に敬語を使ったり、岳斗自身のことを犠牲にして尽くしてれることは、天記にとってある意味重荷であり、辛いことだった。

 昼休みの終わるチャイムが鳴ると、一斉に校舎に向かって走り出す。

 岳斗は天記と一緒にサッカーボールを片付けに、体育館横にある倉庫へ走った。

 ちょうど、倉庫の扉に手をかけた時だった。倉庫の裏から、物音と人の声が聞こえた。二人は顔を見合わせて、何事かと音のする方向へ歩いて行った。

 倉庫の角からのぞき込むと、三人の男子児童が一人の男子児童を囲んでいた。

 真ん中にいる児童はうつむいて肩をすくめてじっと立っていた。囲んでいる三人が、代わる代わる真ん中の児童をたたいたり、蹴ったりしていた。


 「お前、キモいんだよ!」


 「暗いし!」


 「もう学校来るなよ!」


 いじめだ。

 よく見ると、他のクラスの六年生だった。岳斗と天記はお互いの顔を見た。


 (止めなければ)


 二人の気持ちは同じだが、こういう時動くのはいつも岳斗だ。


 「おいッ!やめろよ!」


 岳斗が勢いよく割って入ると、三人はビックリした様子で振り返った。


 「何やってんだよ、お前ら!」


 岳斗を見るなり、いじめていた三人はマズイという顔をして、


 「へへへ……。なんでもないよ、もう昼休み終わりだよな。早く行こうぜ」


と、言うとそそくさと逃げていった。

 あとに残された男子児童に岳斗が声を掛けた。


「大丈夫か?えーと、お前誰だっけ?さっきのやつら五組の桜井達だよな。お前も五組?」


 近づいて岳斗が手を伸ばすと、児童はその手を無視して岳斗の横を通り過ぎ、まるで何もなかったかのようにその場を立ち去った。


 「おいっ、なんだよ。『ありがとう』くらい言えないのかよ。なぁ、天記さん」


 岳斗が愚痴りながら、天記のところへ戻ってきた。

 天記は見たのだ。さっきの児童が、通りすがりに天記に投げかけた視線は、決して感謝の気持ちのこもったものではなかった。

 淋しげで、頼りなくて、まるで『お前ならわかるだろ?』と言われているようだった。


 「岳斗にはわかんないよ」


 つい口から出てしまった。


 「え?」


 岳斗が拍子抜けしたような顔をして聞き返した。

 まるでわかってない岳斗の、空気の読めない感じにイラっとした天記は、言わなくてもいい言葉を並べた。


 「あいつの名前は田口だし。いじめられてんの見られるのは、恥ずかしいに決まってる。いじめられたことない岳斗にはわかんないだろうけど。岳斗みたいにカッコイイやつに助けられたりしたら、惨めな気持ちになるんだよ!」


 天記は言い切って振り返ると、早足で歩きだし、そのまま岳斗を置いて教室へ戻った。


 「お、おいっ天記」


 一人残された岳斗は、突然の出来事にどうしたらいいのか分からず、その場に立ち尽くしていた。そして、右手首のブレスレットをじっと見つめて、ため息をついた。



              つづく


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