第10話 探索
十二月。結局、あれから聖水のある場所は見つけられず、二ヶ月以上が過ぎた。
なぜか、エンキも目立つような動きは見せておらず、放火騒ぎも、行方不明になる子供もいなかった。
ただ、週末に剣道の試合で各地の体育館や武道場に出向くと、必ずと言っていいほど猫の姿を多く見かけた。
何も起きないうちに、早く聖水の剣を見つけなければと、二人の心は焦るばかりだった。
放課後、稽古の前の少しの時間も、地図を見ながらあちこち探し回った。
そもそも、聖水のある場所を見つけたとしても、聖水の剣がそこにあるかどうかもわからない。
それに、まず龍神池はどこにあるのか。この近辺の地図上に大きな池のある場所は無い。長い歴史の過程で干上がり、消えてしまったとでも言うのか。
謎ばかりが増えていく。
それでも、二人がいろいろと考え、拙い推理力で思いついたのは、『聖水は結界の中にある』と、いうことだった。そんな力のある物を、ナギ以外の者が触れられるような場所に置くはずはない。
結界の内側にあるとすれば、神社の裏手にある森の中だろう。
けれど、岳斗も天記も小さい頃からこの森の中で遊んで育っている。くまなく知っているつもりだ。そんな聖水の流れる場所があれば、気づかないはずがない。知っている限りでは、森の中には小川すら流れていない。
学校から帰ってきてランドセルを下すと、すぐに二人は地下室へ下り、天記は紫龍と赤龍を呼び出した。
チシャはあの日からずっと、この地下室に寝泊まりしている。
岳斗が近所の地図を広げて、目を皿のようにして見続けていた。
トントントンと、地図を指先でたたきながら集中して考えている。
「紫龍は龍神池の場所は知らないの?」
「わしらは、ナギがエンキを封印した時に一度役目を終えて、天記が生まれるまで、同じように封印されておったんじゃ。久しぶりにこの世を目にしたときには、昔とは全く違う景色になっておった」
「そうなんだ」
もし、龍神池が結界の外側だとしたら、この近くには川も池もない。
「あ~っ!もうわかんねー!」
岳斗は全てを放棄したい気持ちになった。
その場にいた誰もが諦めかけて、その場の空気もどんよりしていた。
そんな行き詰った空気をどうにかしたかったのか、人の姿になっていたチシャが、テーブルに頬杖を突きながら、首にある鈴をチリ~ンと鳴らしたとき、天記がふと気づいた。
奥行きのあるその音の正体に。
「ねぇこの音、木霊みたいに聞こえない?チシャ、もう一回鳴らしてみて」
チシャが不思議そうに首を傾げながら、もう一度鳴らすと、響いた先にもう一度小さくチリ~ンと音がする。
「……本当だ」
岳斗も耳を澄ませて、音の先がどこなのか聞いている。
「あっ……ち?」
天記が部屋の外を指さすと、二人は木霊のする方向へ音の響きの先を探しに歩いていく。
「チシャ、猫に戻って」
天記がそう言うと、チシャはくるりと宙で一回転して猫の姿に戻った。チシャを抱きかかえ、天記が鈴を鳴らしながら歩いていくと、なぜか岳斗の家の中で響いているように聞こえる。
岳斗の部屋、廊下、居間、台所。進んでいくほど木霊の音が大きくなってきた。
トイレの前、突き当りの風呂場まで来ると、よりいっそう大きく聞こえた。
ガラガラと、風呂場の引き戸を開ける。
一般家庭の風呂場にしては、かなり大きな浴場と、大きな石の浴槽があり、中には岳斗の母が入れたのであろう、たっぷりの湯が張ってあった。
浴槽の端には龍を模った、大きめの蛇口があって、そこからどんどん湯が流れて出てきていた。
「龍!」
二人は顔を見合わせた。
天記がもう一度鈴を鳴らしてみると、まるで龍の声のように風呂場に響く。
これだ!天記の中にいる紫龍も赤龍も、その場にいた皆が確信をもった。
「でも、このお湯が聖水なの?」
岳斗がまさか、という顔で湯に手を伸ばしてみる。
「今まで、さんざん入ってきたじゃないですか。聖水だなんて感じたこと、全くないですよ」
二人は首を傾げた。全く意味が分からない。
もしこれが聖水だとして、これを一体どうしたらいいのかと、二人は眉間にしわを寄せた。
仕方なく二人は稽古の後、そろって風呂に入って考えた。湯舟に漬かりながら、龍とにらめっこ。
「う~ん」
しばらく漬かっていると、どんどん熱くなり二人とも顔が真っ赤になってきた。
「そろそろ止めない?」
天記が、龍の口から絶え間なく流れ出していた湯を止めようとして、龍の裏側にある蛇口の栓に、身を乗り出して手を伸ばした。
「あっ!」
「どうしました?」
「岳斗、これ見て!」
岳斗も身を乗り出して、龍の裏側を見る。するとそこには、龍のたてがみに沿って小さな文字が刻まれていた。
『満月光初一滴』
「どういう意味?」
二人は湯から上がると地下室へ戻り、紫龍と赤龍とチシャを交えて皆で会議。紙に書き写した文字を、テーブルの真ん中に置いてまたしてもにらめっこ。
「満月の日に聖水になるってこと?」
「でも天記さん、あの風呂の窓から見えるのはでっかい庭石だけですよ。月なんて全く見えない」
確かに、風呂場の窓外にはおおきな庭石が鎮座しており、日中も陽の光さえ遮ってしまう。
「今月はもう満月過ぎちゃってるし、とりあえず来月まで待つしかないわね。」
それからチシャは、剣についてこう言った。
「聖水には近づいてきたんじゃない。でも剣は?もしも聖水をかけて聖剣になるんだとしたら、その剣はどこ?それか、聖水が剣に変わるんだとしたらどうやって?」
そしてまた、皆で頭を抱えることになった。
つづく
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