第9話 椎名

 クラブでのまりこは威風堂々、臆することなく会場入りした時に注文したカシスソーダ(もちろんアルコールである)を嗜んでいる。


私もはじめ躊躇したが、会場内は暗いし成人か未成年かなんて確認、あるようでないもの。その勢いで同じものを頼んでしまったのだが……。


 カシスソーダは甘くても、やっぱりアルコール苦さが喉に突っかかり、飲み込むのに躊躇する間があった。


 それに。


 まりこはやけに高いカウンターチェアに優雅に座っているだけで、顔見知りらしい沢山の大人っぽい人達から声をかけられては話し込んでしまう。私はただ横にいて、棒のように突っ立っているだけで何も楽しいことはなかった。


 圧巻だったのは、DJのかける曲のウーファーが響かせる重低音が心臓に響くこと。


 鼓膜にはじける人工的な電子音が思わず耳を塞ぎたくなるほど、騒がしいこと。


 まりこはよくこんな中で、さほど仲良くもないであろう相手と顔に息がかかる至近距離で会話ができるなぁと感心すると同時に、羨ましくも思えた。


「椎名、座ったら?それとも踊りたいとか?」


「いや、まさかそんな……」


「せっかく来たんだから楽しもうよ。好きな曲あるなら、かけてもらえるように頼んでみようか? 」


「頼むって、誰に?! 」


 ……どうやら──わたしは変なことを言ってしまったらしい。


 まりこは途端に大きな口を開けて大いに笑ったあと、こう続けた。


「主催の人らにきまってるじゃん。DJが曲かけてるのよ。もー、ウケる! 」


「その子クラブは初めてなの? じゃあ俺がアツシに伝えてきてやるよ。何がいい? 」


 先程横でまりこと付かず離れずの距離間で話していた、いわゆるお兄系ファッションの男が、夜なのにつけているサングラスの中からまりこを注視して言った。この男はまりこが好きなんだな、とすぐにわかる。


「私、あの、あんまりよくわからなくて……」


 今、見栄を張っても仕方ない。私はもう、初心者だと二人には見抜かれているのだから。

「そんな遠慮しなくていいよ椎名。あ

れとかどう?あの、千、桜……なんとか?」


 ネット動画で一躍有名になったボーカロイドが歌う有名Pの曲のことが言いたいのだろう。しかし、そのような曲がクラブで聞くことができるのか?


 私がそのようなネット動画を見ているオタクの部類だと思われてしまうのではないかと、なぜその曲を選んだのか、発言の意図が読めないまりこが途端に恨めしい。


「オッケー、了解。言ってくるわ」


 ところが意外にもあっさりと受け入れられ、瞬間同時にまりこの凄さが身に染みる。クラブ内は暗いのでわからないだろうが、おそらく私は今、耳まで真っ赤になってしまうほど、顔が赤くなっていることだろう。


「……私達なんかが、かけてほしい曲をお願いすることなんてできるの? 」


 動揺を隠す目的で、まりこに聞いてみた。


「今曲をMIXしてくれてるDJは前に一緒だったことがあって、私は顔見知りだから。さっきの彼ともよくお茶してるし、そんなところかな」


 ああ、そういうことなの。

 とは、なれない私がいる。


「へー。私、ちょっとトイレ」


 ご丁寧にトイレの場所まで送ってくれ

たまりこは、私がトイレに入りきる前にまた他の違う男に声をかけられていた。声の抑揚から会うのも久しい人物だったのか、まりこが嬉しそうな反応を示していることに多少の嫉妬のような感情が湧いた。


 これは、誰に対しての嫉妬だろう。


 私の知らないまりこを知っているその男?


 それとも私以外と親しくしている、まりこ自身に?


 自問自答する中で、もう答えは出ていた。私はまりこの人間関係に嫉妬しているのだ。私はああはなれないから。普通なら、ちょっと手を伸ばしにくい、噛めば噛むほど美味しくなるグミに人は惹かれる。私は、どこにでもあるような、食事を流し込むためのお茶だから。さらりと、呑み下されてしまう存在なのだ。


 そんなどうでもいい敗北感を味わうこととなり、私の初めてのクラブパーティー体験は約二時間ほどで終わりを告げた。

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