第9話:眠りに入る子供

 イローイ村に別れを告げた僕等は、ようやく扉が開いた神殿の中へと入って行く。


 中は、しんと静まり返っており。冷ややかな空気で満ちていて、少し肌寒い。明かりも全くないので、僕等は懐中電灯を灯してその中を進んで行った。


 通路は狭く、道が入り組んでいて。似たような景色がずっと続き、まるで迷路みたいだ。ぐるぐる、ぐるぐる、右へ、左へ、今度は右へ……。


 一体、この神殿の中に入ってから、どのくらいの時間が経過しただろうか。とうとう芳子が、

「ねえ。アタシ達、迷ってない?」

 誰もが言いづらかったことを、さらりと言った。その声を合図とばかり、僕等は一斉に、ぴたりと立ち止まり。



「やっぱり……?」



 拓が苦笑いを浮かべさせた。その隣で、翼がぐにゃりと大きく眉を曲げ。



「でも、迷うもなにも、ずっと一方通行だったじゃないか」 


「そうだけど……。でも、これだけ歩いているのに、全然進んでいる気配がないんだ。この中は暗いし、もしかしたら別にある道を見落としているのかも。

 確か迷路の攻略法で、右側の壁に手を当てて進んで行くとゴールできるって。聞いたことがあるけど」


「ふうん。壁に手をねえ」



 三平が、すっと右手を壁に当てた瞬間。壁一面に、光の筋のようなものが駆け抜け。



「うわっ! なっ、なんだ、なんだ!?」



 僕等が驚いている間にも、今度はゴゴゴ……と地響きのようなものが鳴り。



「壁が動いた……?」


「一体、どうなっているんだ?」


「どうやら道が変わったみたい」



 拓の言う通り、先程まで僕等の後方には道があったのに。それなのに、いつの間にか壁ができ。代わりに右横の方に新しく道ができていた。


 僕等は一寸ちゅうちょしたものの、しかし、後方をふさがれてしまい、他に行く道もないのだ。新しくできた道を進んでいると、急に視界が開けていきーー……。



「なあに、ここ。すごい……!」


「書庫だ。本がたくさんある……!」



 突然現れた小さな部屋の壁一面には、本棚がずらりと並んでいた。棚の中には一ミリの隙間すきまもないほど、ぎっしりと本が詰められている。


 拓は、夢心地な様子で本棚へと近付いて行き。



「ねえ、みんな。少しの時間でいいから、ここにある本を読みたいんだけど」



 きらきらと目を輝かせている拓に、僕等は、だめとはとても言えず。拓抜きで、宝珠を探すことに話はまとまった。念のため、拓にはSOSブザーを持ってもらい。僕等はこの書庫の先に進んで、再び宝珠探しに出かけた。


 とは言っても、道は真っ直ぐ一本だけなので、ただ進んで行くだけなんだけど。


 しかし。



「あれ。行き止まりだな」



 先頭を歩いていた翼が、壁を前に足を止めた。



「本当だ、どうしよう」


「ねえ。この壁、なにか文字みたいなものが書かれているわよ」


「えっ。どれ、どれ?」



 僕と三平がその文字を見ようと身を乗り出し、壁に手を触れた瞬間。目の前の壁が、すっ……と消えーー。



「えっ……? うわあっ!?」



 バランスを崩した僕と三平は、二人そろって壁の中へと吸い込まれた。



「いたた……。なんだ、ここは」 


「どうしよう、三平。僕達、閉じ込められちゃったみたい」



 僕は振り返って壁に触れたり押したりするけど、先程みたいには消えず。僕と三平は、困惑顔を突き合わせる。


 懐中電灯も壁に吸い込まれた時、驚いて、つい落としてしまい。明かりがないので、辺り一帯は真っ暗闇、心もとない。


 どうしたらみんなの所に戻れるのだろう。


 不安に駆られていると、にわかに三平の背中が明るくなり出し。



「ねえ、三平。リュックが光ってるよ」


「え? ああ、本当だ」



 三平はリュックサックをあさり、中から光の正体である第六の宝珠を取り出した。すると、宝珠は光を線状に収縮させ、直線の光を放った。


 僕等はその光の帯が示す方へ、二人並んで歩いて行く。カツン、カツンと、僕達の足音ばかりが静寂の中、強く反響する。


 しばらく歩いていると、宝珠が強く瞬き出し。その先に、一つの台座が現れた。


 台座の上にはガラスケースのようなものに守られた、なにかが乗っており。僕と三平が、そのケースの中をのぞき込むと……。



「あっ、宝珠だ!」


「でも、このケース、外れるのかな?」



 僕の指先が、ケースに触れた瞬間。不思議なことに、ケースはまるで始めからなかったかのように、すっ……と空気の中に溶け込むように消えてしまった。


 僕が驚いている間にも、三平は宝珠に手を伸ばし。



「うん、花の模様も刻まれている。間違いない、第七の宝珠だ!」



 僕と三平は、ゆっくりと顔を見合わせると……。



「やったー!!」



 ハイタッチを交わした。


 あとは、みんなの所に戻るだけだ。


 でも、どうしたら戻れるのかと考えていると、またしても目の前の壁が急に消え……。



「うわあっ……とっ……。あれ。もしかして、ここって……」


「ああ。どうやらさっきの所に戻れたみたいだな」



 見覚えのある光景に、僕と三平は、同時に安堵の息を吐き出す。ここは僕達が消えた、文字が書かれていた壁から少し離れた所みたいだ。翼達の背中が見える。


 翼達も、僕等の帰還に気付いたようで。



「あっ、エイゾーと三平だ! 良かった、二人とも無事か?」


「うん、大丈夫。それより、宝珠を見つけたんだ!」


「なに、本当か!?」


「ああ、ほら」



 三平の手の中に収まっている宝珠を目にすると、みんなの顔には喜びの色が広がっていく。



「やったな! これで、とうとう宝珠も残り一つか……」



 第七の宝珠を前にして、翼がしみじみと告げる。


 長かった旅も、もう直ぐ終わりを告げるのかと思うと、翼だけでなく僕も少し感慨深かんがいぶかくなる。


 そんな思いを片隅に、無事宝珠を手に入れたので、僕等は拓の所に戻ることにし。来た道を引き返す。


 拓と別れた書庫が見え。



「おーい、拓。宝珠、見つけだぞー!」



 翼が大声を上げながら、拓の元へと駆けつける。


 けれど。



「拓? どうしたの、なんだかこわい顔をして」



 拓の顔から、別れる前にさせていたような、楽しげな表情は一切消え去っており。いや、いつもの拓からは考えられないような、非常に強張った表情だ。


 拓はそれを維持させたまま、ゆっくりと口角を上げていき。



「みんなに話があるんだ」


「うん。なんだよ、話せよ」


「僕等は、ずっと勘違いをしていたんだ」


「勘違いだって?」


「ああ。僕等は、ずっと誤解していた。でも、それは仕方ないと思うんだ。だって、まさか、そうだとは思わないじゃないか……!」


「どうしたんだよ、拓。変だぞ。頭でも打ったのか?」


「頭なんか打ってない! 違ったんだ。ここは、本当は……!」



 翼を威圧するよう、拓の声が一際大きくなり。そして、一拍の間を空けさせてから。



「未来だーー」


「え……。未来って……?」


「だから、ここは過去なんかじゃない、縄文時代でも弥生時代でもないんだよ。僕等の知らない、僕等の時代よりもずっと、ずっと先の未来なんだーー!」



 真剣な眼差しで、拓は、きっぱりと告げる。


 過去ではない、未来って、それって一体……。


 僕等の間には、深い沈黙ばかりが流れ続ける。


 けれど、誰もが二の句を継げないでいた中、ようやく芳子が唇を震わせながらも言葉をつむぎ。



「まさか、ここが未来の地球……?」


「うん。おそらくそうだよ」


「でも……、でも、でも、でも! 未来にしては、おかしくない? だって、緑ばかりでビルはないし、電気もガスも水道だって整ってない。スマホだってないんだよ?」


「それはきっと、文明が退化しちゃったんだよ。文明が壊れたんだ」


「退化って、壊れたって、そんなこと……」



 突然告げられた真実に、誰もが混乱してしまっている。


 そんな中、拓は一人興奮が覚めたのか、落ち着き払った様子でみんなのことを見回し。



「この書庫にある本をよく見て。僕等の時代に出版された本があったんだ。いや、調べたら、出版年がそれ以降のものもたくさんあった。

 つまり、この時代は、少なくとも僕等の時代より後の世界なんだ」



「未来の世界なんだ」と、繰り返す拓を肯定するかのごとく。三平のリュックサックが、またしても光り出した。いや、先程の光よりも、今度はもっと、もっと強い輝きだ。


 三平が宝珠を全て取り出すと、まるで宝珠同士が呼応し合うよう、それぞれ点滅し出し。そして、宝珠がひとりでに、ふわりと宙に浮かび上がった。


 宝珠は浮かび上がったまま、第一の宝珠が一際強く瞬き出し。それは長細い光の帯状へと収縮すると、第二の宝珠へと注がれる。続いて、第二の宝珠から第三の宝珠へ、第三の宝珠から第四の宝珠へ……といった具合に、珠から珠へと光が受け継がれ。できた光の輪の間から、すっ……と、一つの人影が浮かび上がった。


 それは、四十代くらいのメガネをかけた男の人で。よれよれのシャツにダボダボなズボン、そして、真っ白な白衣を身に着けていた。



「なに、これ。ゆうれい……?」


「いや、違う。多分ホログラムの類だと思うよ」



 怖がり出す芳子に僕が答えると、

「その通り。私はこの日のため、君達に真実を伝えるために作り残された記憶媒体だ」

と、メガネの男は返した。


 僕の質問にこうも流暢りゅうちょうに受け答えできるなんて、すごい技術だ。まるで、本物の人と話しているみたいだ。


 僕等が驚きを隠し切れないでいると、メガネの男は、ふっと表情をゆるめさせ。



「まずは、ご苦労だったな、犬彦。彼等をここまで導いてくれて」


「えっ……、犬彦……? お前、この人のことを知っているのか?」



 三平がメガネの男を指差しながら尋ねると、犬彦は小さくうなずき。



「三平、吾輩はお主を守るために彼等によって作られた、そうじゃな、いわばロボットじゃ」


「ロボットだってーー!?」


「左様。そして、時が来たら、お主が使命を果たせるよう導くのが吾輩の役目であった」


「使命って……」



 三平だけでなく僕等も置き去りに、犬彦は視線をメガネの男へと投げかける。それを受け、メガネの男は表情を曇らせながらもゆっくりと口を開いていき。



「ああ。姫御子の、この世界の真相を。そして、君に託す、我が一族の使命を」


「真相? 使命? 我が一族って……」



 メガネの男は、真っ直ぐに三平のことを見つめ。



「君は、我が一族の血を受け継ぐ者ーー、我々の子孫だ。姫御子は……、いや、姫御子プログラムは、我が一族が創り出したものなのだーー」


「えっ……。我が一族って、俺の……?」


「ああ、そうだ。そして、姫御子は人ではない。我が一族が創り出した、軍事兵器プログラムだ」


「軍事兵器だってーー!?」



 思わず声を荒げさせる翼に、

「正確には、その原因を、だがな」

と、補足する。



「元々姫御子は、我々の先祖が創り出した人工知能だった。だが、その人工知能が、ある連中に目をつけられてしまい。そして、この姫御子を核として、軍事兵器が創られてしまったんだ。

 連中の企みに気付いた我々は、姫御子プログラムを抹消させるためのソフトウェアを開発し、それを八つのデータに分けた。その一つ、一つが、膨大なデータ量ゆえにな。だが、そのソフトウェアを実装させる前に、予想していた悲劇がとうとう起きてしまったんだ。姫御子プログラムが暴走し、この国を跡形もなく崩壊させたのだ。

 彼女の力によって、この国は大きく変わってしまった。人類の数が著しく減少し、今まで築いてきた文明も全て失われ。先程の少年の言う通り、一度リセットされた」


「リセットって、そんな……!」



 みんなの顔は、固く強張っている。本当に、拓の言った通りだったなんて、そんな。



「今の日本は、姫御子プログラムにより領土全体にシールドが張り巡らされており、物質も、ネットワークですら外部とは遮断されてしまっている。まさに鎖国状態だ。そのため、世界の情報が一切入って来ないので、諸外国からすっかり孤立してしまっている。

 姫御子を崇めているのは、姫御子プログラムに関わっていた研究者や、元・日本政府の人間の末裔まつえいだ。彼等はりることなく、未だに姫御子プログラムの一部を使用しており、果てやその全てを手中に収めようとしている。姫御子の力を使って、今度こそ、この世界を支配しようとしているんだ。

 その一方で姫御子も、おそらくこの世界を今度こそ破壊し尽くそうとしているはずだ。我々の計算によると、姫御子がこの国を崩壊させるのに必要なエネルギーがそろそろ貯まる頃だろう。その前に、なんとしても姫御子プログラムを無へと帰すのが、我々一族の何百年にも渡って受け継がれてきた使命だ。

 身勝手なことを言っているのは、百も承知だ。だが、とうとうその機会を手に入れられたのだ。たとえ意図していなかった使われ方をされたとはいえ、姫御子を創り出したのは、我々一族だ。あの悲劇を繰り返させないためにも、どうか君にこの使命を果たしてもらいたい」



 真っ直ぐに三平を見つめている、メガネの男のレンズ越しの瞳が揺れる。


 ここで、

「あの」

と、拓が遠慮深げに片手を挙げ。



「姫御子のことはよく分かりました。そして、この世界の真相も。これらの宝珠がつまり姫御子プログラムを消去するためのソフトウェアで、それを創ったのはあなた方、三平の一族だと。でも、どうして第一の宝珠には、タイムマシンのような役割があるんですか? どうして、この時代と僕等の時代とがつながっているんですか?」


「それは、君達の時代が分岐点だったんだ」


「分岐点?」


「ああ。世界が大きく変わる、分岐点だ。

 君達が大切にしていた秘密基地があるだろう。あの跡地に、研究施設が建てられるんだ。軍事技術研究所がな。後にそこで姫御子プログラムの開発が行われることになる。だから、できることなら、君達にそれを阻止してもらいたいと思ってね。

 それと、君達ももう分かっているとは思うが、この時代は、今まで人類が築いてきた文明が全て失われてしまっている。超高度なテクノロジーである姫御子に対抗するためには、君達の時代の科学力が不可欠でもあると思ったんだ。

 所で、ソフトウェアは七個だけかい? 残りの一つは……」


「まだ見つけていません」


「そうか……。だが、七個あれば、姫御子の力は一時的に制御できる。第八のソフトウェアは、要の削除プログラムだからな。ひとまず姫御子の力を制御してから、最後の一つを探しても問題ないだろう。

 そこの壁の左から二つ目の本棚を押してごらん、通路が現れる。そこを通れば、姫御子プログラムを管理している研究所の付近へと出られるはずだ。

 三平。最後に、君に我が一族の記憶を託そう」



 メガネの男がそう告げた刹那、宝珠の光が全て三平へと注がれる。彼は眩しさからか、目をつむり。そして。



「ーーっ!??」



 声にならない悲鳴を上げると、三平は床に転がり落ち。



「三平!? ねえ、三平。大丈夫? しっかりして、三平!」



 うずくまっている三平に、みんなで声をかけるけど。僕等の声が聞こえていないのか、三平は返事をせず。両手で頭を抱えている。



「流れて来る……、流れて来る……! 記憶が、思い出が、真実が……」


「三平……?」


「俺は、一族が、百年、歴史、使命、責任、孤独、血縁、呪縛ーー……」



 三平の意識はそこで途絶えたのか、体中から力が抜けていき。彼の瞳は強く閉じられる。



「三平、三平!? しっかりして、三平!」


「なに、問題はない」


「犬彦……」


「安心するがよい。一度に膨大な量の情報がインプットされたのだ。体には相当な負担だ、無理もない。だか、いずれ目を覚ますだろう」



 犬彦は、三平に寄り添い。そっと、自身の体をこすりつける。


 メガネの男は、僕等を見すえて。



「人は、過去を変えることはできない。されど、未来は変えられる。

 未来を生きるのは誰でもない、君達だ。未来を作るためには、今という時を大切にしなければならない。なぜなら今と未来は、密接につながっているのだから。

 それと、先程の質問だが、もう一つ。あの子を止められるのは他でもない、あなただとも思ったからだ」



 え? あなたって……。


 なんとなく、僕と目が合ったような気がしたけど。メガネの男は、直ぐにも続きを紡ぎ。



「私は、この地球の運命を君達に託すーー……」



 そう言い残すと、跡形もなく消えてしまった。宝珠も光を発するのを止め、静かに宙から地面へと降りてきた。


 それと入れ替わる形で、三平が目を覚まし。



「あっ、三平! 大丈夫?」


「ああ、まだ少し頭がくらくらするけど……」



 三平はそう言ったが、でも、まだどこか上の空で。目の焦点は定まってはいない。


 それでも三平は、覚束おぼつかない調子ながらも口を動かし。



「俺が住んでいた村は、姫御子に焼かれた……」


「えっ……?」


「俺と犬彦だけが生き残ったんだ。でも、その理由がようやく分かった。

 きっと、俺がいたからだ。姫御子のことを阻止しようとしていた一族の子孫である、俺を殺そうとして、村が焼かれたんだ。

 俺がいたから村は焼かれたんだ。俺の、せいだったんだ。全部、全部、俺のせいだったんだ……!」


「三平、そんなことっ……!」



「ない」と言いたかったのに、なぜか喉の奥が詰まり。いつまで経っても、その続きが出てきてくれることはなかった。


 深い静寂の中、冷ややかな空気をまとって。震えている三平を、無力にも僕は、ただ黙って抱きしめることしかできなかった。

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