第8話:怖がらせ
第七の宝珠が、イローイ村の近くに建っている神殿の中にあることが判明し。翼達は、神殿の調査を続けているけど……。それにあきてしまった芳子は、ナーウィさん達について村の仕事の手伝いを。エリちゃんはマエ達にすっかり懐かれちゃって、忙しいナーウィさんの代わりに子ども達の面倒を見ている。
僕はと言うと。昨日に引き続き、神殿の壁の向こうを透視するための道具作りをしている。
三平も僕の様子が気になるのか、翼達と一緒に神殿の調査をしていたが、しばらくすると僕の隣に座り込み。じっと僕の手元を見つめ、時折、「この部品はなんだ?」、「どういう素材なんだ?」などと質問を投げかける。その度に僕は答え、教えてあげて。それから、三平にもできそうな簡単な作業を手伝ってもらった。
と、そんな調子で作業をしていると、僕等の元に二つの小さな影がひょこっと現れた。正体は、ドヴィーとズムーだ。
二人も、三平みたく僕の手元をのぞき込み。
「なあに、これ」
「これは、なあに?」
「あっ。だめだよ、まだ完全にくっ付いていないんだから」
ひょいひょいと目につくものを手に取ろうとする二人に、僕は制止をうながす。
そんないたずらっ子の二人にすっかり手を焼いていると、エリちゃんと、エリちゃんに手を引かれたマエも遅れてやって来て。
「あら、あら。ドヴィーちゃん、ズムーちゃん。だめよ、エイゾーくんのおじゃまをしては」
エリちゃんは、優しい声で二人をたしなめる。
「さあ、おやつの時間ですよ。手を洗って、お菓子を食べましょう」
「わーい! おやつだ、おやつー!!」
二人はおやつという言葉に反応して元気良く僕に謝ると、駆け足で手を洗いに近くの泉へと駆けて行く。全く、現金なんだから。
その間にもエリちゃんは、バスケットの中からお茶の道具を取り出し。
「エイゾーくん達も休憩にしませんか?」
エリちゃんに誘われ、僕と三平も一緒に混ぜてもらうことにした。
エリちゃんは、僕等の前にお皿とジュースを並べていき。
「なあに、これ? ぷるぷるしてるー!」
「ふふっ。今日のおやつは、いちごのムースですわ」
エリちゃんが、「召し上がれ」と言った瞬間、三人は一斉にスプーンでムースをすくい取り。真っ直ぐに口へと運び。
「なあに、これ。とってもおいしー!」
「ふわふわしてて、でも、直ぐに溶けちゃうの! 変なのー!」
三人は、にこにこと。落ちそうになっている頬を両手で押さえる。
「あら、あら。ズムーちゃん、お口の周りが汚れちゃっていますわ」
ズムーのクリームまみれの口の周りを、エリちゃんは、ハンカチで優しく拭いてあげる。
エリちゃんの手作りムースは僕も何度か食べたことがあるが、とってもおいしい。子ども達が興奮するのもよく分かる。
おやつを食べ終えると、エリちゃんは、カバンの中に手を入れて。
「今日は、絵本を持って来ましたの」
「えほん? えほんって、なあに?」
「絵本というのは、紙にお話と絵が書いてある書物のことですわ」
エリちゃんは絵本をひざの上にのせると、早速表紙を開き。
「うわあっ……! なあに、これ。とってもきれい……!!」
「こんなきれいなもの、ぼく、初めて見たよ!」
「ぼくも、ぼくも!」
「ふふっ。この絵本は、私が一番大好きなお話ですの。レオ・レオニの、『じぶんだけのいろ』というお話ですわ」
エリちゃんは、柔らかい声で絵本を読み聞かせる。子ども達は、すっかり絵本に夢中だ。エリちゃんの言葉、一つ残らず聞き逃さないよう、じっと黙って耳を傾けている。
一度読み終わった後も、三人の興奮は覚めず。エリちゃんにせがんで、また読み聞かせてもらっている始末である。
僕と三平は、そんな子ども達のにぎやかな声を聞きながら。日が暮れるまで、道具作りを続けた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
イローイ村を訪れて、四日目。未だ例の神殿の扉は見つけられず。順調にいっていた宝珠探しも、すっかり行き詰まってしまっていた。
僕等の中でも特に拓は、授業中も食事中も一日中暗号の意味を考えているようだが、それでも解読できず。ここ最近は、ずっと気むずかしい顔をしている。
一方で暗号解読にあきてしまった芳子は、すっかりナーウィさんに憧れちゃって。彼女に付き添って、色々と村のお手伝いをしている。まあ、芳子の気持ちも分かるけどね。ナーウィさん、かっこいいから。エリちゃんも変わらずに子ども達の面倒を見ている。
僕は暗号解きみたいなパズルやクイズは苦手なので、神殿の調査をしている拓達からは少し離れ。三平と一緒に道具作りを続けている。三平が手伝ってくれているおかげで、作業は順調に進んでおり。この調子なら、今日中には完成しそうである。
「あっ、いけない。持って来た材料、社の中に置いてきちゃった」
「だったら俺が取ってくるよ」
すでに社へと向かっている三平の背中に、僕は礼を言う。
三平の話によると、こちらの時代は昨日の夜から朝方まで、ずっと大雨が降っていたそうで。その雨のせいですっかり地面が濡れていたので、今日の朝食は社の中で取った。その時、社の中に荷物を置いていたので、そのままうっかり忘れてきてしまったのだ。
一人作業を続けていると、ふと頭上に影がかかり。もう三平が戻って来たのかと思いきや。
「あれ、莉裕也。どう? 神殿の扉は見つかった?」
莉裕也は仏頂面のまま首を小さく横に振ると、僕の隣に座り込む。始めは、僕の手元を見ていたけれど、直ぐにも視線を変え。ちらちらと、マエ達と一緒に絵を描いているエリちゃんのことを見つめる。
エリちゃんが子ども達にスケッチブックに色鉛筆、クレヨンや絵の具といった絵を描く道具をあげたので、子ども達は、すっかりお絵かきに夢中になっていた。
莉裕也は、僕がエリちゃんの近くにいるのが嫌なのだろう。別にエリちゃんと、どうこうするつもりは全くないんだけどなあ。第一、エリちゃんは莉裕也のことしか頭にないし、今はこの場にはいないけど、三平だって一緒だ。それでも、莉裕也にとっては気がかりなのだろう。
それに最近、エリちゃんは子ども達に付きっ切りで、前みたいに莉裕也にべったりくっ付かなくなっちゃったから。普段は口ではエリちゃんに抱き付くなと言っている莉裕也も、内心寂しいのかもしれない。
素直に言えば、エリちゃんだって喜ぶだろうに。……言ったら怒るから言わないけどさ。
その代わり。
「莉裕也もエリちゃんと一緒に子ども達と遊んだら?」
「はあ? んなことできるか。ガキは苦手なんだよ。なにを考えているのか、ちっとも理解できねえし」
莉裕也は、いつもはとがっている眉をぐにゃりと大きく曲げて言い放つ。
確かに莉裕也が子ども達の面倒を見ている姿なんて、全く想像できないや。
僕は、愚問だったなと。一人苦笑いした。そんな僕の反応に、莉裕也は少しむっとしたようではあったが、だけど、特にそれ以上の反応は見せず。黙って真っ青な空を見つめている。
僕は、ちらりとそんな莉裕也の横顔を盗み見てから。
「莉裕也のお父さん、まだ家には帰って来ないの?」
「アイツは、いつの前にか帰って来て、いつの間にかいなくなっているからな」
「そっか……」
莉裕也の中学受験の話は、莉裕也のお父さんが家に帰って来ていないこともあって、まだできていない。
一体いつになることやら。そんなことを思っていると、莉裕也は空を見上げたまま。
「俺、牧野中には行こうと思ってる」
「え……?」
「クソ親父の思い通りになるのはしゃくだが、でも、ああいう大人に勝つためには、やっぱり力をつけないとだめだ。そのためには、あそこに行くのが最良なんだ。それに、多分、……アイツのためにもなると思うから」
莉裕也は一瞬だけ、ちらりとエリちゃんに視線を向ける。僕等の間には、深い沈黙が流れ出す。
僕は、散々迷ったけれど。
「……うん。莉裕也が考えて決めたことなら、僕もその方が良いと思う」
離れちゃうのは、寂しいけど。でも、莉裕也は僕なんかより余程自分の将来のことをちゃんと考えている。
莉裕也が決めたことならーー。
僕は、やっぱり応援したいと思うんだ。
莉裕也は、空に向けていた顔を下ろして僕の方へと向け。
「それで。お前は、どうするんだ?」
「え? 僕はって……」
「だから、お前の将来だよ。作文の宿題の」
多分僕は、豆鉄砲をくらった様な顔をしていたに違いない。
莉裕也はきょとんと目を丸くするも、直ぐに一つ乾いた息を吐き出させ。
「お前は、本当にやりたいことを選べよ。親に言われたからじゃなく、本当に好きなら、簡単にあきらめるなよ。
それに、さっきは俺もあんなことを言っちまったが、
「あ、うん……」
情けなくも、僕はその一言しか返すことができず。莉裕也はそんな僕を置き去りに立ち上がると、すたすたと神殿の方に戻ってしまう。
好きなこと、か。
僕はごろんと大の字に地面に寝そべって、空を眺める。見渡す限り、どこまでも、どこまでも澄んだ青空が広がっている。
莉裕也には、きっとなにもかも見透かされている。だけど。お母さんは、僕等の前から消えちゃった、お父さんとは同じ道に進んで欲しくないと思っていることを僕は知っている。
もし僕が、三平みたいにこの時代に生まれていたら。きっと今みたいに悩むことはないだろう。だけど、その代わり。もっと別な、大きな悩みを抱えることにはなるだろうけど。
そのことを考えると、僕等は恵まれている。蛇口をひねれば水が出るし、お腹が空いたら、お金さえ払えばお店で簡単に食料を買うことだってできる。こんな風に長い年月をかけて築かれてきた文明に、僕等は守られているのだから。
莉裕也と入れ替わるような形で、僕の荷物を取りに行ってくれていた三平が戻って来た。僕は頭を軽く左右に振ると、直ぐにも作業を再開し。
数時間後ーー……。
「で、できた……!」
暗視ゴーグルを改造して作った、透かし見ゴーグルの完成だ。早速試しに使ってみたが、……うん、大丈夫だ。木の陰に隠れてもらった三平の姿が見えた、成功だ。
この道具を使って神殿の壁を調査すれば、きっと入り口を見つけることができるだろう。
三平と手を取り合って喜んでいると、ふと、
「おーい」
と、遠くから声が聞こえ。
「エイゾー、さんぺーい! お前達も、ちょっと来いよー!」
翼が僕達のことを大声で呼んでいた。
僕と三平はその場をさっと片付けると、声のした方へと駆けつけ。
「どうしたの?」
「それが、暗号が解けそうなんだ!」
「えっ、暗号が?」
興奮からか大声を出す翼の隣で、拓は大きくうなずき。
「うん。コブの付いた王って、もしかして『玉』のことなんじゃないかなって。ほら、『王』って漢字に『ヽ』を付けると、『玉』になるでしょう?」
「なるほど! だとしたら、玉ーー、つまり宝珠に柄杓で水をかければいいってことか」
ぽんと一つ手を打つ三平に、拓は小さく首を横に振り。
「このくぼみを見て」
「くぼみって?」
僕と三平は声をそろえて、拓が指差した、暗号が書かれていた石碑近くの地面へと視線を落とす。そこには、ぽつぽつと小さな丸い穴がいくつもあいていて、中に水が溜まっていた。おそらく、朝方まで降っていた雨だろう。
「このくぼみを線でつなぎ合わせていくと、北斗七星の形になるんだ」
「北斗七星?」
「うん。北斗七星は、柄杓の形をしているだろう。それに、このくぼみは丁度七個あるんだ。『コブの付いた王に、柄杓で水を与えよーー』、このくぼみの中に宝珠をはめて、柄杓の、北斗七星の形に並べた宝珠に水をかければいいんじゃないかなと思ってさ」
確かに拓のこの解答は、今までの中で一番ぴんと来た。
だけど……。
「でも、それだと宝珠が一つ足りないよね?」
僕等が集めた宝珠は、今の所、まだ六個なのだ。
「僕達、宝珠は六個しか持っていないよ。北斗七星ってことは、七個必要なんじゃない?」
「そうだけど……。試すだけ、試してみようよ」
「そうだぞ、エイゾー。他に思い付かないんだ。だめもとで試してみようぜ。
おい、三平!」
「ああ!」
三平は、リュックサックの中から宝珠を取り出し。くぼみの中に、それぞれ宝珠を並べていく。
「こんな感じか?」
「うん、いいんじゃない。
よし、これで宝珠に水をかけてみよう」
拓は緊張からか、小刻みに手を震わせながらも。宝珠一つ一つに水をかけていく。
最後の、六個目の宝珠に水がかかった瞬間ーー。すると、宝珠はそれぞれ強く瞬き出し、そして。ゴゴゴ……と、地響きが立った。
音のした方に視線を向けると、建物の正面前の、中央付近の地面に大きな穴があいていた。その穴の中をのぞくと階段があり、どうやら神殿の中へと続いているようだ。
「やった……、神殿の扉が開いた……。これでようやく中に入れるぞ!」
その光景を前に、僕等は一斉に歓声をあげた。
でも、僕の発明した透かし見ゴーグルは、残念ながら用なしに。完成するのが少し遅かったみたい。
三平は、励ましてくれているのだろう。僕の肩に、ぽんと軽く手を置いた。
「よーし、神殿の扉が開いたんだ。芳子とエリちゃんも呼んで、早く先に進もうぜ!」
「おい、エイゾー。そう言えば、エリはどうした? さっきまでその辺にいたよな」
「エリちゃんなら一時間くらい前に、子ども達と魚の絵を描きに滝壺の方に出かけたよ」
「なんだって!? まさか、アイツ等だけで行かせたのか?」
「うん……。村の近くだって言っていたし、それに、エリちゃんには、SOSブザーを渡しているから。なにかあれば知らせてくると思うし……」
僕の声は、次第に小さくしぼんでいく。莉祐也の鬼顔が、どんどん近付いてきたからだ。すると、タイミングが良いのか、悪いのか。ピーピーと、甲高い電子音が僕のズボンのポケットの中から鳴り出し……。
僕等はモニターに表示されている赤い点目指し、エリちゃんの無事を祈りながらひたすら走る。その道中、芳子とナーウィさんにも遭遇し。事情を話して、共に向かった。
坂道を駆け上ると、ようやく滝壺が現れ。その付近に、エリちゃんと子ども達の姿が見えた。エリちゃん達の近くには、見知らぬ二人の男が立っていた。
エリちゃんは男から子ども達を隠すよう、抱きしめており。男達はまた一歩、そんなエリちゃん達へと近付いて行き。
「おい。お前達、あの女のガキなんだろう。こっちの大きい女は、違うみたいだが……」
「知らない方に、個人情報は教えられませんわ」
「はあ? なんだって? 個人……どうたらは、どうでもいいんだよ。俺達はあの女のガキを連れて来いって、能城様に命令されているんだ。人質にするためにな。
お嬢ちゃん、ケガしたくなかったら、ガキ共をさっさとこっちに渡しな!」
「嫌ですわ!」
「なんだって!? 余程ケガしたいみたいだなあ」
「おい、ちょっと待て。よく見ろよ、この女を。こんなきれいな髪と肌を持った女は、そうそういないぞ。きっと高値で売れるに違いない」
男達の手が、にゅっとエリちゃんの方へと伸びていく。けれど。それが届く前にエリちゃんの手元から、プシューッと霧状のものが勢いよく飛び出した。
その霧をもろに浴びた男達の口からは情けない悲鳴がもれ。目を両手で
「これは、あなた方のような、
こんなまだ小さくて、かわいい子達にも手を出すなんて……。恥を知りなさい!」
エリちゃんの凛とした声が、清涼に響き渡る。男達は、まだ痛みにもだえて地面に寝ている。
その間にも僕等は、どうにかエリちゃん達の元へとたどり着き。
「エリ!」
「莉祐也様!」
「無事か、どこもケガしていないか!?」
「ええ。大丈夫ですわ」
「ったく、手間かけさせやがって……。
それにしても。お前、いつの間にあんな物騒なものを持っていたんだ」
「じいやが用心に持っていなさいと下さいましたの」
エリちゃんは、にこりと微笑を浮かばせて。手の中の催涙スプレーを掲げた。
子ども達も無事なことが分かり。まだ地面に転がっている男達をどうしようかと悩んでいると、
「お前達、なにをやっているんだ!」
野太い声と共に、大きなお腹を揺らしながら能城が現れた。彼は相変わらず偉そうに、ふんと鼻息荒く言い放つ。
「たかが子どもの一人や二人、連れて来るだけに、なにをそんなに手間取っているんだ」
それから、彼の後ろからもう一人。ひょこっと小さな影が飛び出し。
「そうだぞ! この調子では、いつまで経っても父上の別荘が完成しないではないか」
「あれ……? おい、アイツ……!」
翼の声にうながされ、みんなの視線は一気にそこへと集中し。
「秋二郎じゃないか!」
「げっ、またお前達か。
やい、やい! 姫御子様に逆らう愚か者共が。どこまで我等のじゃまをすれば気が済むんだ!」
秋二郎は腰に差していた木刀を、ぶんぶんと大きく振り回す。
まさか、あの能城が、秋二郎の父親だったとは。でも、確かに顔も態度もよく似ていると。おそらくみんな納得しただろう。
「能城! アンタ、まだ
「ふんっ、お前等がさっさとこの森から出て行かないからだ。
大体、お前等のような低俗な民族が、姫御子様に選ばれた我々の住む町の近くにいること自体おこがましいのだ」
どこまで身勝手なんだ……! 姫御子に選ばれたことが、そんなに偉いことなのか。
僕等は怒りに震えていたものの、しかし、ナーウィさんが突然はっとした表情をして。視線を能城達の後方へと向ける。そして、今までに見たことがないような、非常に険しい顔つきをして。
「森が怒ってる……」
「え? 怒ってるって……?」
一体どういう意味なんだと、答えを訊くよりも早く。大地を揺るがすような
「な、なんだ、なんだ!?」
「土砂崩れよ!」
「土砂崩れだってーー!?」
「みんな、早くこっちに!」
僕等はナーウィさんの指示に従って、急いで標高の高い方へと逃げる。その間、無我夢中で。とにかく必死に手足を動かして走り続けた。
地鳴りも鳴り止み。
「どうやら助かったみたいだね」
僕等は、一斉に安堵の息を吐いた。
「うわあっ、見て! すごい土砂だわ」
僕はまだ肩で息をしていたけど、芳子が指を差した方へと視線を向ける。振り返ると、そこは先程までの景色とは一変。緑は消え去り、茶一色の光景になっていた。
「きっと、能城達がむやみに木を切り倒したせいだね。木の細根には網のように基岩層の亀裂まで入り込んで土壌層をつなぎ止めて、すべり面である土壌層と基岩層の境を固定する機能があるんだ。この機能のおかげで、地盤の浸食や崩壊を防げるんだよ。
でも、能城達が木を伐採したことによって、すべり面のストッパーとなるものがなくなって。昨日の豪雨に耐え切れず、土砂崩れが起こったんだろう」
拓は、惨状を目にしながら説明する。
自然の脅威を目の当たりにして、僕等はしばらくの間、ただその光景をじっと見つめていた。
けれど。
「父上っ! 父上、一体どこですか!? 父上!」
突如秋二郎の叫び声が聞こえて来た。秋二郎は一人、土砂の辺りでおろおろとしている。一緒にいたはずの、能城の姿は見当たらない。
「まさか、あの土砂に飲み込まれたのか……!?」
秋二郎は必死に、「父上!」と叫び続ける。だが、一向に能城からの返事はない。
その場には、極度の緊張がほとばしり。
「おい、犬彦。お前の鼻で能城を探せないか?」
「こう範囲が広くては……」
三平に言われ、犬彦は渋い顔をしながらも地面に鼻をつけて探し始めるが。彼の言う通り、この調子では時間がかかりそうだ。もし能城が息ができない状態ならば、一刻を争うだろう。
それでもみんなで手当たり次第、土を掘っていると、……あっ、そうだーー!
「これを使えば、もしかしたら……!」
僕は急いで透かし見ゴーグルを装着すると、電源を入れ。土砂の中をのぞいていく。すると、
「あっ! あそこに人の影が……!」
僕が指差した所を、みんなで必死に掘っていく。すると、ふにゃりと柔らかい感触にぶつかりーー……。
「父上っーー!!」
能城は、肩を激しく上下に動かし。ぜいはあと、荒い呼吸を繰り返すものの。どうやら無事なようだ、良かった。
秋二郎は、お父さんに抱き付いて。ただただ大声で、幼い赤子のようにわんわんと泣き続けた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
秋二郎と秋二郎のお父さんは、全身泥まみれのまま。秋二郎がお父さんを支えるような形で、とぼとぼと静かに森から出て行った。
一度だけ、ちらりとこちらを振り返ったけど。数拍の間の後、前に向き直って、またゆっくりと歩いて行った。
「アイツもこれに
翼は秋二郎達の背中を見つめながら、そう呟いた。
秋二郎とは、なんだか友達に……、きっと直ぐには難しいだろうけど、でも、なんとなく分かり合えそうな気がしたのに。少し残念だ。
だけど、翼の言う通り、おそらく能城は、もうこの森には手を出したりしないだろう。これで僕等も安心してこの村から旅立てる。なんて、この村の人達だったら、みんなたくましいのだ、きっと大丈夫。この先またなにか問題が起こったとしても、自分達で乗り越えられる、なにも心配はいらないだろう。
すっかり日が暮れてしまったので、旅立ちは次の日に持ち越すことにし。
翌日ーー。
ナーウィさん率いる村の人達が、僕等のことを見送ってくれた。
「ありがとう、アンタ達と出会えて良かったよ。それと、芳子。仕事を手伝ってくれて助かったわ」
「いえ。アタシも農作業とか機織りとか、良い経験ができました」
「エリも、子ども達の面倒を見てくれてありがとう。最近は特に能城の件があって、この子達のことを見てあげられていなかったからさ」
マエにドヴィー、ズムーは、エリちゃんの周りに集まり。
「これ、三人でお姉ちゃんの絵を描いたの。あげる」
「ふふっ。みんな、ありがとう。とっても素敵な絵ですわ。大切にしますね」
「エリお姉ちゃん、本当に行っちゃうの?」
マエは、声を絞り出して訊ねる。ちょっとした刺激で、今にも泣き出してしまいそうだ。顔をくしゃくしゃにして、どうにか涙が流れないよう、必死に抑え込んでいる。
エリちゃんも、寂しげな笑みを浮かべさせ。
「ええ……。あっ、そうですわ」
エリちゃんは髪に結んでいたリボンをしゅるりと解くと、それをマエの髪に結んであげる。すると、マエは、にっこりと満面の笑みを浮かべさせた。
「いいの? エリちゃん。リボン、あげちゃって」
「ええ。だって、あの子の方が、私よりよく似合っていますもの」
そう告げるエリちゃんに、芳子は、
「……うん、そうだね」
静かに同意した。
村の人達の歓声が響き渡る中。僕等は名残惜しさを感じつつも、第七の宝珠が眠っている神殿に向かって歩いて行った。
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