第7話:暖炉のそばで

 無事、城下町を脱出した僕等は、その後、町から少し離れた林の中で見つけた神社でその日は休み。翌日、第七の宝珠を求めて、引き続き旅をしていた。


 秋二郎達が追いかけて来るかもしれないので、念のため、周囲に気を配りながらも歩いていると、前方に大きな森が現れた。第六の宝珠は、その森を光り示しており。僕等は顔を見合わせると、注意深く中へと入って行った。


 森の中は思っていたよりも緑が深く、木々が所狭しと生えていて。鳥や虫の鳴き声が、あちこちから聞こえて来る。


 つい辺りを見回しながら歩いていると、ずるりと足元が滑り……。



「え……? うわあーっ!??」



 僕はごろごろと、勢いよく斜面を転がり落ちてしまった。



「いたた……」


「おーい。エイゾー、大丈夫かー?」


「うん、なんとかー!」



 ひょいと坂の上から顔をのぞかせた三平達に向かって、僕は地面に寝転がったまま叫ぶ。


 けれど、次の瞬間。



「何度も言っているだろう! アタシ達は、絶対にここを立ち退かないって!」



 声と同時、鋭くとがったものが、僕の顔へとおそいかかってきて。



「うわあああっ!?」


「……あれ? アンタ達は、一体……」



 条件反射で思わず両手を上げた僕に、声の主ーー、銀色の髪をした女の人は、きょとんと水色の瞳を丸くさせた。






✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






「さっきは悪かったね。勘違いとはいえ、おそったりして。能城のじろの連中が、また性懲しょうこりもなく来たのかと思ってさ」



 銀髪のお姉さんは軽快に、けらけらと笑いながら僕に謝る。そんなお姉さんに連れられて、僕等は森の中にある小さな村を訪れていた。



「ここは、イローイ村だよ。で、アタシはナーウィ。この村の村長だ」


「えっ。お姉さんが村長さんなんですか?」


「ああ、そうだよ」



 ナーウィさんが力強くうなずくと、

「お姉さん、かっこいい…!」

と、芳子は目を輝かせる。



「にしても、姫御子を倒すために旅をしているなんて。アンタ達、すごいね。ウチの村はご覧の通り、深い森の中にあるからさ。姫御子でさえ、この村のことは知らないかもしれないね」


「えっ。そうなんですか?」


「ああ。だからアンタ達が見て来た村みたいに、ウチの村は、姫御子には管理されていないんだ。

 でも。アタシ達の先祖は、アタシ等みたいに髪の色や瞳の色、肌の色なんかが変だって、人々から忌み嫌われて。それでこの森に逃げ込んで、そのままひっそりと暮らしてきたんだ」


「そんな、ひどい! ちょっと体の色が違うからって、それだけで……!」



 ナーウィさんの話を聞いて、芳子が感情的に悲鳴混じりな音を上げる。


 そんな芳子とは反対に、拓は至って冷静な声で。



「人種差別は、今でも根強く残っているよ。昔ほど顕著ではなくなったけどね。

 学校や公園、トイレが白人用と黒人用とに分けられていたし、黒人が奴隷にさせていた過去だってある。僕達日本人のことも黄色人種というだけで、イエローモンキーとべっ称している人もいるしね」


「差別なんて、同じ人間同士なのに変な話ね」


「きっと、自分とは違うものを受け入れるのがこわいんだよ。分からない、理解できない、だからこわいんだ。

 昔から人間は、理解できないものは排除しようとする傾向にあるからね」



「残念だけど」と、拓は、やるせない表情でしめくくる。


 ナーウィさんは、一つ乾いた息を吐き出させ。



「まっ、それは別にいいんだけどさ。アタシ達はアタシ達で、この森で不自由なく暮らせているからさ。問題は……」



 ナーウィさんは、険しい表情へと変え。


「ちょっと来て」と、僕等を連れて村を出る。


 彼女の後について木々の中を歩いていると、次第に視界が広く開け……。



「なあに、ここ。たくさんの木が切り倒されている……!?」



 芳子並びに僕等が驚いていると、ナーウィさんは表情を強張らせ。



「能城のやつ等のしわざさ。アイツはこの森を切り拓いて、豪華な別荘を建てるつもりらしいんだ」


「別荘だって?」


「ああ。この森は、自然が豊かだからね。野生の動物がたくさん棲んでいるんだ。アイツは狩りが好きだから、それを楽しむためだろう」


「もしかして、ナーウィさんが僕を間違えておそったのは……」



 ナーウィさんに視線を向けると、彼女は小さくうなずき。


「うん、アンタ達が能城の連中だと思ってさ。この森は緑が深くて、土地勘のない人間だと迷って帰れなくなるから、めったに人は来ないんだ。それに、この森には神様がいて、むやみに森の中に立ち入ると、神の怒りに触れてしまうという言い伝えもあるんだ。だからアタシ達種族は、ずっとこの森の中で、人々から隠れるように暮らしていたんだ。

 だけど、ここ最近、能城という男が、この森に目をつけた。こわいもの知らずで、森の神のこともないがしろにしていて、森を自分の好きなようにしようとしているんだ。

 その上、能城は別荘を建てるために、この辺りの木々を切り倒しているばかりか、アタシ達にまで、ここから出て行けと言って来たんだ」


「なんだって!? 森の木を切り倒しているだけじゃなく、先に住んでいた人達を追い出そうとするなんて。なんて身勝手なんだ!」



 やはり正義感の強い翼は、ここらで怒声を上げる。


 ナーウィさんは翼の態度にふっと微笑むと、近くの木の幹にそっと手を添え。まるで遠くを見ているような、憂いを帯びた眼差しで。



「アタシ達は、ずっと、この森と共に暮らしてきた。生きていくのに必要な分だけ生き物を狩って、木々の手入れをして。そうして共に生きてきた。アタシ達は森の神に認められて、こうして今まで暮らせてきたんだ」



 彼女にならって耳を澄ますと、たくさんの様々な鳥や虫の鳴き声が聞こえて来た。目に入る緑は深く、空気は清らかで。ナーウィさんの言う通り、彼女達、村の人々が、ずっとこの森を守ってきたのだろう。


 けれど。不意に、ざわざわとこの森とは不つり合いな、騒がしい音が聞こえて来た。その途端、ナーウィさんの表情は急に険しくなり。 



「うわさをしていれば。能城の連中がやって来たみたいだ」



 ナーウィさんの瞳は、さらに鋭くとがっていく。彼女の視線の先を追って行くと、どやどやと複数の人影が目に入ってきた。


 男達は、様々な土木工事用の道具を手に持っており。



「さあ、さっさと作業に取りかかれ。ただでさえ工事が遅れているんだ」

と、道具を持っている男達に向かって、小太りの男が偉そうに命令を出していた。他の男達が着ているような簡素な着物とは違って、小太りの男は、金色の派手な羽織と袴で身を固めている。もしかしたら、この人がナーウィさんの言っている、能城という人物だろうか。


 ナーウィさんは、首からぶら下げていたオカリナのようなものをピーッと思い切り吹き。そして、手にしていた槍を強く握りしめると、勢いよくその場から飛び出して。



「アンタ達! さっさとこの森から出て行きな!」


「またお前か。我々のじゃまをするんじゃない!」


「お前達の好きなようにはさせないよ!」



 能城達の前に躍り出たナーウィさんにならうよう、いつの間にか、僕等の後方から、武装した村の人達がぞろぞろと加勢に現れた。おそらく、先程ナーウィさんが吹いた笛が、呼び出しの合図だったのだろう。


 ナーウィさん率いる森の人々と能城達との間で、争いがぼっ発し。両者とも武器を手に、戦い出す。


 その様子を、僕等は木の陰に隠れて眺めていたけど。



「俺達もナーウィさんを助けよう!」



 言うやいなや、翼は真っ先に飛び出し。



「くらえ、天誅てんちゅうーー!!」



 目に入った男に向け、翼は手にした剣を大きく振るう。すると、その太刀筋に合わせ、疾風が巻き起こり。男はその風に乗って、吹き飛んでいった。



「へっへーんだ! エイゾーに作ってもらった、翼ソードの威力を見たか!」



 翼はすっかり得意になって、僕等に向かってVサインをするけれど。



「翼、後ろっーー!?」



 僕が叫んだ瞬間、翼は急いで向き直るものの、時すでに遅く。



「うおっ!?」



 翼の間の抜けた声と同時、パンッ! と、軽快な音が発せられ。翼をくわで殴ろうとしていた男は短い悲鳴を上げると、体をびくびくとけいれんさせながら地面に転がり込んだ。



「ったく。バカが先走りやがって……」


「莉裕也!」


「残りのやつ等も、さっさと片付けちまうぞ」 



 莉裕也は再び銃を構えて、また一人、敵に電撃弾をくらわせる。三平も負けじと、弓でとりもち爆弾を次々と放っていった。


 僕等の参戦により、敵の陣営には動揺の波があちこちで起こり始め。



「なっ、なんだ、なんだ。一体なにが起こっているんだ!?」


「ひとまず逃げろ!」



 能城の一味は、分が悪いと悟ったのだろう。ばたばたと、我先に争うよう一目散に逃げて行った。


 その場は、すっかり静まり返り。ナーウィさんは、ぱちぱちと瞬きを何度も繰り返して。



「へえ! アンタ達、すごいね。なんだい、その道具は」


「ヘヘっ。どれもエイゾーが発明したんだぜ」



 なぜか翼が、得意気に言った。


 そんな彼をみんなで笑っていると、後方から、 

「ママー!」

と、甲高い複数の声が聞こえてきた。振り向くと、三人の小さな子ども達がこちらへと駆け寄っており。



「アンタ達! 危ないから、ここには来ちゃだめって言ってるでしょう!」


「ごめんなさい。でも……」



 ナーウィさんにぴしゃりと叱られ。子ども達は、ぐずぐずと顔をしわくちゃにさせる。けれど。



「全く……」



 ナーウィさんは表情を柔らげると、そんな子ども達のことをぎゅっと抱きしめた。



「紹介するよ。この子達は、アタシの子どもなんだ。マエに、ドヴィー、それからズムーだよ」



 子ども達はナーウィさんにうながされ、恥ずかしがりながらも、僕等に向かってぺこりと小さく頭を下げた。


 金髪の六歳くらいの女の子がマエで、茶色のパーマがかった髪の、マエと同い年くらいの男の子がドヴィー、褐色の肌をした四歳くらいの男の子がズムーだ。


 三人は、ここの村以外の人間がめずらしいのだろう。僕等のことをじろじろと眺めていた。特にマエは、エリちゃんのことをじっと見つめ。



「お姉ちゃんの髪、とってもきれい……! いいなあ。真っ黒で、カラスの羽みたいに、きらきら輝いているの」


「ふふっ、ありがとう。マエちゃんの髪も、お日様の色みたいで、とっても素敵ですわ」


「えっ……、本当……? 本当に、わたしの髪、素敵?」



 マエは、くりくりと緑色の大きな瞳をエリちゃんへと向け。



「ええ、本当ですわ」



 エリちゃんがそう言うと、マエは、にっこりと満面の笑みを浮かべさせた。



「お姉ちゃん達は、どうしてこの森に来たの?」


「私達、宝珠を探しているんですの」


「ほうじゅ? それって、大切なもの?」


「そうですわね。大切なものですわ」


「それじゃあ、きっと、あそこにあるよ」


「うん、あそこにあるよ!」



 子ども達は元気良く言い合うと、僕等を村外れへと連れて行った。


 マエ達の案内に従って歩いていると、たくさんの木々に囲まれて、長方形をした大きな建造物が現れた。建物全体が真っ白で、なんだか神聖なものみたいに感じられた。まるで神殿のようだ。


 三平が第六の宝珠をリュックサックの中から取り出すと、珠はその建物に向かって真っ直ぐに光を放っていた。



「なんだろう、ここ」


「分からない。でも、ずっと、ずーっと前からあるんだって」


「でも、中には入れないの」


「えっ、どうして?」


「どこにも扉がないの。だから、中には入れないの」



 確かにマエ達の話通り、どこにも扉は見当たらず。入り口らしい所もない。


 三平が壁をつたって行って屋根にも登って確認したが、上からも入れそうにはなかったらしい。


 三平は、屋根から飛び降りて僕等の元へと戻って来て。



「だめだ、上からも中に入れそうにはないな」


「うーん。この神殿、どうやったら中に入れるんだろう……」


「あっ、そうだ! 犬彦ならどうだ? 犬彦の鼻で探せないか?」


「無理じゃな。入り口に匂いなどないじゃろう」



 あきれがちな犬彦に、翼は、つんと唇の先をとがらせ。



「ちぇっ。せっかく良いアイディアだと思ったのになー。すっかり行き詰まっちゃったよな」


「でも、宝珠は、あの神殿の中にあるんでしょう?」


「ああ、おそらく。第六の宝珠が、あの神殿を示しているからな」



 三平の手の中の宝珠は、真っ直ぐに神殿へと光の帯を発し続けている。


 僕等は、すっかりお手上げ状態で。いつもは楽観的な翼でさえ、

「壁を破壊する訳にもいかないしなあ」

と、半ば投げやりだ。


 それでも僕等は引き続き、神殿の周囲を調べていると、芳子が、

「あっ!」

と、声を上げ。



「ねえ。この石碑、なにか文字みたいなものが書いてあるわよ!」



 芳子が指差した石碑ーー神殿の正面から少し離れた所に置かれていたものをよく見ると、なにやら文字のようなものが刻まれていた。



「本当だ! でも、侵食していて読みにくいなあ。ええと……」



 それでも拓は指先で文字をなぞりながら、たどたどしくもどうにか読み上げていき。



『聖なる光に導かれし者よ。コブの付いた王に、柄杓ひしゃくで水を与えよ。さすれば道が開かれるだろうーー』


「どういう意味だ?」



 真っ先に声を上げた翼に、拓は、

「さあ……?」

と、困惑顔で返した。



 神殿の中に入るためには、どうやらこの暗号を解読しないといけないらしい。みんなで必死に暗号の意味を考えたけど……。


 全く分からず、ここらで休息改め、おやつタイムを取ることにした。今日のおやつは、エリちゃんが持って来てくれた、エリちゃんの手作りドーナツだ。


 神殿の前にレジャーシートを広げ、そこにみんなで座った。マエ達も僕等と一緒に腰を下ろしたけれど。



「あら、どうしたの? あなた達も、良かったらどうぞ」



 そう言うとエリちゃんは、子ども達一人一人にドーナツを渡していく。子ども達は、じっと手渡されたドーナツを見つめ。それから、互いの顔を見合わせる。


 その内、ズムーが、おそるおそる、そして、ぱくんと勢いよくドーナツにかじり付いた。もぐもぐと、口を大きく動かしてーー。



「なあに、これ。とってもおいしい!」



 そんなズムーの声を契機に、残りの二人も、ズムーを真似てドーナツを食べ出す。すると、彼同様、二人もにっこりと満面の笑みを浮かべさせる。そんな子ども達の様子に、僕等も、ははは……と、大きな声で笑い合った。


 おやつを食べ終わった後も、引き続き神殿を調べたり、暗号の意味を考えたりしたが、神殿の入り口が現れることはなく。すっかり日も暮れてしまったので、続きは明日に持ち越すことにし。村から少し離れた所に社があったので、そこで休むことになった。


 翌日、僕等は朝食を済ませるなり、直ぐにも神殿を訪れたが……。



「だめだ、全然中に入れないや!」



 翼は大きな溜息を吐き出すと、盛大に地面に座り込む。そのまま足を放り投げ、腕を広げて大の字に寝転がった。


 昨日に引き続き、僕等は何時間も神殿を探っているけど……。残念ながら、結果は惨敗だ。


 翼は、「うおーっ!」と、奇妙な音を上げ。



「大体、コブの付いた王って、誰だよ。この森に王様なんて……。イローイ村の人の中にも、コブの付いている人なんていなかったぞ」


「その後の、『柄杓で水を与えよ』も、柄杓であちこちに水をかけてみたけど……。入り口は現れないしなあ」



 拓はすっかり持て余している柄杓を、ぶんぶんと軽く振り回す。


 みんなの口から出てくるのは、溜息ばかりで。すっかり湿った空気が流れてしまっている。


 けれど、突然近くの草むらが、がさがさと大きく揺れ動き。思わず身構える僕等に構わず、怪しい影は、ひょこっと勢いよく顔をのぞかせて。



「エリお姉ちゃん!」



 怪しい影の正体は、マエにドヴィー、それからズムーの三人で。彼等は草むらから飛び出すと、エリちゃんの周りに集まった。



「あのね。エリお姉ちゃん、一緒に来て欲しいの!」


「来て欲しいの!」



 子ども達はそう言うと、エリちゃんの手を引いて歩き出す。エリちゃんと僕達は、子ども達に言われるがまま、イローイ村へとやって来た。


 すると、ナーウィさん率いる村の人達が、僕等のことを出迎えてくれ。



「良かったよ、アンタ達がまだいて。昨日のお礼をしていなかったからね」


「お礼?」


「ああ。昨日、助けてくれたお礼だよ。能城を森から追い出すの、手伝ってくれただろう」



 ナーウィさんは、にかりと白い歯をのぞかせる。そんな彼女の視線の先を追うと、村の中央には、たくさんの食べ物が用意されていた。


 その光景に、思わず、

「うわあっ……! すっげーっ!!」



 翼が驚嘆の音を上げ、きらきらと瞳を輝かせる。ううん、翼だけでなく、僕達みんなもだ。


 村の人総出で、僕等の歓迎会が始まった。それはお祭りのような騒ぎで、とってもにぎやかで。


 芳子は、りんごのような木の実を手に取り。



「この木の実、甘くて、とってもおいしー!」


「魚の塩焼きもうまいぞ!」


「うん。この塩辛さがくせになるよね」



 芳子の隣で、翼と拓は、がぶりと頭から焼き魚にかじり付く。僕も二人にならって食べてみると、香ばしい匂いが鼻をくすぐり。たっぷりとのっている脂に、身はふっくらとしていて、拓の言った通り塩辛さがくせになる。


 他にも、グミみたいな、弾力のある細長い木の実が、甘いけど少し酸味があって。僕は、すっかり気に入ってしまった。


 神殿探索でお腹を空かしていた僕等は、すっかり夢中になって食べており。そんな僕達の様子に、ナーウィさん達は、ははは……と、大声で笑う。



「今までアタシ達、自分達村の人間以外とは仲良くできないと思っていたけどさ。アンタ達のことは、気に入ったよ」


「エリお姉ちゃん。この木の実、わたしが取って来たの。食べて」


「こっちの木の実はね、僕が取って来たんだよ」


「ふふっ、ありがとう。どれも、とってもおいしいですわ」



 マエ達三人はエリちゃんの周りに集まり、自分達が持って来た木の実をエリちゃんの前に差し出す。おいしそうに食べているエリちゃんに、子ども達は、にこにこと上機嫌だ。


 そんな彼等の様子を見て、芳子は、くすっと小さく笑い。



「子ども達、すっかりエリちゃんに懐いちゃったね」


「アタシも、この子等の面倒を見てもらって助かるよ」


「あっ、そう言えば。あの、ナーウィさん。お訊きしたいことがあるのですが。村の外れにある神殿みたいな建物は、一体なんですか?」



 拓が思い出したように、ナーウィさんに訊ねる。


 けれど。



「ああ、あの遺跡? あの遺跡はアタシ達の先祖がこの森に来た時には、すでに建っていたらしいよ。だから、誰が建てたのか、なんの目的で建てられたのか、一切分からないんだ」



「役に立てなくて悪いね」と、ナーウィさんは後を続けさせる。


 結局、神殿のことを知っている人は、誰一人おらず。やっぱりあの暗号を解読するしかないようだ。


 楽しかった歓迎会も閉幕し。僕等は再び神殿を訪れ、調査を再開した。


 だけど、僕だけは一人、みんなの側から離れ。リュックサックを下ろすと中から道具箱を取り出し、早速作業に取りかかる。


 しばらく作業を続けていると、不意に神殿の周りをぐるぐるしていた三平が寄って来て。僕の傍に腰を下ろした。



「ああ、三平。なにか分かった?」


「いいや、全然。さっぱりだ。エイゾーは、なにをしているんだ?」



 ぐいと僕の手元をのぞき込む三平に、僕は、

「神殿の壁の向こうを透視できる機械を作っているんだ」


「壁の向こうを?」


「うん。壁の向こうが見えたら、神殿の入り口も分かると思うんだ」


「ふうん。なにをしているのかよく分からないけど、エイゾーはすごいな」


「そうかなあ?」


「ああ」



「すごい」と、三平は繰り返させる。こんなにほめられると、なんだか照れ臭いな。


 三平は、僕の手元をじっと見つめながら。



「どうしてエイゾーは、発明をしているんだ?」


「うーん、改めて訊かれると。どうしてだろう。やっぱり、自分で考えてものを作るのが好きだからかなあ。それに、僕が作ったもので、みんなが笑顔になってくれるのはうれしいしね。それと……」



 僕は、一拍の間を空けさせてから。



「それと、僕のお父さん、発明家だったらしいんだ」


「発明家って、エイゾーみたいに色々なものを作り出すことか?」


「うん。だからかな、お父さんの影響もあるのかも」


「ふうん。そういうの、お父さんから教えてもらったのか?」


「ううん、ほとんど独学かな。本を読んだり、ネットで調べたりして。……お父さん、今は家にいないんだ。夏への扉を探しに行っちゃって」


「夏への扉?」


「うん。僕には夏への扉がどういうものなのかは分からないけど、お父さんがいなくなる前、そう言っていたんだ。夏への扉を探しに行くって」



 それは僕が五歳くらいの時のことで、あまりはっきりとは覚えていないけど。お父さんは僕にあるものをーー、手に収まるくらいの大きさの、立方体の箱を託して姿を消した。夏への扉を探しに行くーー、そう言い残して。


 お父さんから渡されたその箱は、振るとカタカタと軽い音が鳴り。どうやら箱の中に、なにかが入っているようだった。だけど、色々と調べたものの、箱が開くことはなく。それがなにか分からずじまいのまま、大人になったら理解できるのではないかと僕はあきらめ。数年前、翼達と企画したタイムカプセルの中に入れて、秘密基地の近くの地中へと埋めた。


 お父さんは、夏への扉を見つけられたのだろうか。その扉の先には、一体どんな世界が広がっているのだろうか。


 なんの根拠もないものの、それでも僕は。お父さんから託されたあの箱の謎が解ければ、お父さんは帰って来るのではないだろうかと。不思議だけど、そう思わずにはいられなくて。


 僕と三平の間に、一筋の風が流れ。そよそよと頬をなでるそれは、心地良く。


 木の葉が奏でる柔らかな音に、僕はそっと耳を澄ました。

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