二章19 『王の身を削って』

 麻雀にはチョンボというものがある。

 言い換えればルール違反。野球におけるデッドボール、サッカーにおけるファールと同義である。


 麻雀でのルール違反とはたとえば。

 山牌を崩してしまったり。

 フリテンなのに和了(ホーラ)宣言をしてしまったり。

 手牌を誤(あやま)って他のプレイヤーに全て、あるいは複数枚見せてしまったり。

 他にも対局の侵攻を著しく妨げる行為はチョンボとみなされ、罰則――ルールに応じて他プレイヤーに点棒を支払わなければならなくなる。


 今、俺の前で行われた行為もチョンボの一つだろう。

 独虹の行ったのは手牌の二枚切り――例で挙げた三つ目の手牌を他プレイヤーに晒すに該当するはずだ。

 川には牌が二枚並んでいる。

 俺はそれがなんなのか見ないように心がけているが、彼の手牌が12枚になっている以上さらに少牌(手牌が不足している状態のこと)も加わるはずだ。

 この二つが重なれば、もはやチョンボは免れまい。

 しかし破邪麻雀における罰則とは一体――?


 その時だった。

 独虹の頭上遥か頭上が、カッと白く発光し。

 直後、一閃の光が空を裂き、独虹ごと大地を剣のごとく突き刺した。

 眩(まばゆ)い光に眼前が白んでいく。


「うぉぉおおおおおおおおおおおッ!?」

 苦悶の声が響き、瓦解を思わせる重く低い轟きが空気を震わせる。

焦げ臭い臭いが辺りに漂う。


「どぅっ、独虹ォオオオオオオオオオオオンッ!!」


 落雷の光に眩(くら)んだ視界が徐々に戻ってくる。

 牌の前に堂々たる佇まいで仁王立ちしていた独虹は。

 黒い煙を身体中から立てて、大の字で地面に臥(ふ)せっていた。


「おっ、おいっ、独虹!?」

「待ちなさいっ、九十九」

 柚衣に呼び止められ、俺はビクッと体を震わせ立ち止まる。

 彼女は厳しい眼差しで俺のことを見やってきていた。

「まだ対局は終わっていません。貴様が自席を離れては、陛下の行いが無駄になってしまいます」

「でっ、でも――」

「……狼狽(うろた)える、な……」


 独虹はよろよろと上体を起こし、明らかに満身創痍の状態なのに、斬馬刀を手に取って立ち上がった。


「吾輩がすぐに、この対局を……終わらせてやる」

「おまっ、まさか……死ぬ気か!?」

「……上手くいけば、死にはしません」

 柚衣は固い表情で淡々(たんたん)と言った。


「九十九、さきほどの対局の前にルールの確認はしていましたね?」

「あ、ああ」

「ではこの世界における、チョンボの罰則時の支払いは?」

「えーっと、親だったら他プレイヤーに四千点ずつで計一万二千、子だったら親に四千の他の子に二千の合計八千だよな?」

「その通りです。それとこれはお伝えしていませんでしたが、破邪麻雀でも四人麻雀における初期時の持ち点は、基本的には25000点です」


 初耳の情報に俺は素っ頓狂な声を上げて訊いた。

「まっ、マジかよ!? 破邪麻雀に持ち点の概念なんてあったのか!?」

「はい。一応、貴様の横にある光の預言文字にも書いてありますよ」

 言われて見やると、現在の対局における状態がネット麻雀ばりに細かく光の文字で表示されていた。

「……うわ、ちゃんと見てなかった」

「貴様、契約文書もよく読まずに判子を押してしまうタイプではないですか?」

「うぐっ……。い、今はそんなのどうだっていいだろ!?」

 ともかく点数状態も独虹が13000、俺達子が29000点になっていた。

「じゃあ、このまま独虹が0点以下になれば対局は終わるのか?」

「はい。しかし破邪麻雀における飛びは、命の危機に直結します」

「いっ、命の危機って……、ま、マジかよ!?」


 仰天する俺に、柚衣は異様に冷静な表情でうなずく。

「神罰が下されるのです。九十九の時は兵が総出で防御用結界を張ってなんとか救うことができましたが、制約のせいで私は加勢できませんでした」

「じゃ、じゃあ、独虹が飛んだら……」

「周囲の人間で止めるしかありませんが、山賊との戦いが始まっている以上、増援は見込めないでしょう。この場にいるのは対局者以外では――」

 周囲を見やった柚衣に倣(なら)って俺も視線を巡らせる。

 麻燐、天佳、二並――この三人だけだ。


「……とても飛び時の神罰は防げはしないでしょう」

「じゃ、じゃあっ、独虹はどうなるんだよっ!?」

「ギャアギャア騒ぐな、九十九殿」

 斬馬刀を高々掲げ、新たな手牌を睨みやった独虹が言う。

「王に即位したその日から、吾輩は自身の命を惜しいと思った日はないわい」

「ふっ、ふざけんなよッ! お前はそれでいいかもしれないが、いなくなったら悲しむヤツがいるんだぞ!?」

「大事を成すためには少なからず犠牲を払わねばならん。国を治める者は、誰だってそうして生きている。お主も雀士なら、今まで幾千、幾万の牌を切ってきただろう?」

 ……独虹は、牌と人の命を同列に語っているのだ。


「麻雀と現実は違うだろっ!?」

「同じことだ。人は何かを切り捨てねば、新たなるものを手にすることはできん。卓上遊戯は将棋や囲碁、紙牌(チーパイ)など数多くあるが、麻雀ほど現実を的確に表したものは存在しない。なぜなら――」

 ヤツは不敵な笑みを浮かべ。

「城壁という王の身そのものを削っていって、勝利をつかみに行くのだから、――なぁあああああッッッ!!!!!!」

 雄叫(おたけ)びを上げて、斬馬刀を振り下ろした。

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