二章20 『本気の相手』

 再びの落雷――それでもなお倒れることなく、独虹は置き上がる。

「次で終(しま)いだ……」

 彼は告げる――己が敗北を。

 自身の命を賭(と)して、対局を終わらせると――


 現在の状況を点数で表すとこうなる。

 親の独虹が1000点。他三人――俺、柚衣、ヒミコが33000点。

 どうやらこの世界のルールではチョンボをしても親が移り変わることなく、そのまま継続されるらしい。


 次に独虹がマイナス12000を食らえば、対局はこのまま終わるだろう。

 だが0点を1点でも下回り、飛んだらその時は神罰とやらが下されるらしい。

 今の独虹が、そんなもの耐えられるはずがない。

「独虹、もうよせっ! それ以上やったら、お前の身体がっ……」

「くどいわッ!」


 ピシャリと叩きつけるような一喝(いっかつ)に、俺は言葉を失う。

「お主は黙って対局が終わるのを待っていればよいッ!」

「――んなわけにはいかねえんだよッ!!」

 独虹を上回る怒声を俺はぶち当ててやった。

 一驚(いっきょう)を喫(きっ)してヤツは黙り込む。

 勢いそのままに続ける。

「人の命ってのは、道具みてえに粗末にしていいもんじゃねえだろうがッ!! 身分とか立場とかそんなの関係ねえっ、命の重さはみんな同じで、全部大切なんだよッッッ!!!!!!」

「……では訊くが」

 独虹は目をすっと細めて問うてくる。

「いかに吾輩を犠牲にせず、この対局をすみやかに終了させるというのか?」

「それ、は……」

 俺は唇をかんで黙り込む。


 本当にこの対局を手早く終わらせる方法は、ヤツにチョンボさせる以外にないのか……?

 心中を占めつつある思い込みを、「んなわけねえだろッ!」と振り払う。

「きっとあるはずだ、誰も犠牲にしないで終わらせる方法がッ……!」

 俺は一本の藁をも見逃さぬよう周囲を見回し、活路を探す。


 その時、対局の情報を綴(つづ)った光の預言文字が目に入った。

 預言文字には点数から誰が親で、東家(トンチャ)、南家(ナンチャ)などどの風牌を自風にしているかといった対局の現状をつぶさに記されていた。

 しかしそこにはあるはずの一文がなかった。

 東一局――としか記されていない。

 本来なら、そこにはこう書かれているはずだ。二本場、と。


 つまりこの世界では、チョンボをしても積み棒は増えないってことだ。

 ならば――

 俺は手牌を見やる。

 東二枚、萬子(マンズ)の3~5、7と9、筒子(ピンズ)の1~3、6、索子(ソーズ)の3が二枚。ドラは中(チュン)だ。


 今、俺は北家(ペーチャ)で、東は場風でしかない。

 ――これなら、いける!


 俺は独虹を見やって言った。

「独虹、お前を死なせたりはしない」

「それは叶(かな)わん」

「いいや、叶うね」

 俺は指頭(しとう)をヤツの鼻っ柱に突きつけて言い放った。

「この対局は、俺が終わらせてみせるッ!」


「……よかろう」

 独虹は鷹揚とした態度で頷いた。

「そこまで言うなら、この東一局だけ付き合ってやろう。ただし――」

くわっと目を見開き、ヤツは宣言した。

「吾輩も全身全霊、本気で行かせてもらう」

 その気迫に呑まれ、俺は背筋に冷や汗を感じた。

「……えっと、なぜ?」

「決まっておろう。牌を打つからには、手を抜くわけにはいかぬ」

 ごうっとヤツの周囲にオーラでも発生したような気がした。

「では一打目を切らせてもらう」

「ちょっ、まっ、考え直せって――」

「問答無用ッ!」

 ザンッと音を立てて一枚の牌を切り裂き、その表面が表示される――チューソウだ。


 途端、九本の剣が出現する。

 それは予期していたことだが、なぜかその内三本が紅い炎に包まれていた。見るからに他の6本より凶悪な感じがする。その切っ先は当然のようにこちらを向いている。


「陛下の索子は、あるべき本来の力を有しています。そこらの雀士とは桁(けた)違いな威力ですので、ご注意を」

「おまっ、そんな他人事みたいな――」

 と言っている間に九本の剣が俺に向かって殺到してきた。

「くっ、黎明(リィー・ミィン)!」

 俺は扇子を振るって周囲に風を出現させ、攻撃を防ごうとする。しかし剣は出現させた風の壁を突き破って突破してくる。

「くっ……ぁあああああああああああッ!!」

 剣が服の上から俺の体に衝突してくる。なぜか切っ先は布を切り裂くことはなかったが、それでも食らった打撃は相当なものだった。幸い焔の剣は当たらなかったが、もしもあれが命中していたら命がなかったかもしれない……。


「はぁ、はぁ、……げほっ。助かった……のか?」

「その漢服の加護のおかげです」

 柚衣が俺の服を指し、いかにも説明調な感じで言った。

「貴様が今着ている服には、外部からの攻撃をある程度抑える力が常に働いています。詳しい説明は省(はぶ)きますが、多少の攻撃は防ぐことができるでしょう」

「なるほど。デカ目の数字の攻撃を防げるのはデカいな」

 完璧ではないとはいえ、チューソウの攻撃を絶え凌(しの)いだ。


 これならきっと、狙い通りに事が運べるはずだ――!

 芽生えた希望に元気づけられ、俺は黎明(リィー・ミィン)を振って風を起こし、一枚目の牌をツモった。


 引いてきたのは發(ハツ)だった。

 手が完成しかけているとはいえ、一枚目から不要牌である。

 暗澹たる色の雲を己が進む先に見た気がした。

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