二章18 『託された思い』

「これはこれは、とんだ災難ですわね、独虹王」

 言葉とは裏腹に、どこか面白がるような口調のヒミコ。

 対照的に独虹の表情には焦りが見える。


「何やってんだよ、早く止めに行かないと――」

「待ちなさい」

 駆けだそうとした俺を鋭い口調で柚衣が止めてきた。


「今、その場を離れてはなりません」

「どうしてだよ!?」

「破邪麻雀の対局中の退席は、天罰の対象となります。通常の四人麻雀では席を離れた瞬間に100万点分の攻撃を神より受けることになります」

「ひゃっ、100万……っ!?」


 俺は三倍満程度の攻撃で生死を彷徨ったのだ。100万点なんてそんな桁違いの攻撃を食らって、無事で済むとは思えない。

「でっ、でも、山賊達は対局中なのに平気で逃げて行ったぞ!?」

「お嬢から聞いた話から推測するに、最初に山賊と戦った場所は中立国の三(サン)の国です。そこでは途中退席も罰則にはなりません」

「……じゃ、じゃあ、ここは?」

「九(チュー)の国です。治めている神が違うので、規則も変わっているのです」


 こうして俺達が話している間にも屋敷の方では穏やかじゃない怒声や叫声が上がり、重低音や金属音が響いてくる。


「あ、あたし、止めてくる!」

 駆けだそうとした麻燐を「ダメヨ!」と天佳が引き止めた。

「お嬢サマが怪我したら大変ヨ! 行かせられないネ!!」

「で、でも……」

「行ってはならん」

 独虹が重々しい声で告げた。


「お主は国にとって大事な存在である。無暗(むやみ)に命を危険にさらすような真似はさせられぬ」

「でっ、でも、このままじゃ……」


「だ、だったらあちしが……」

「お主もだ、二並女史」

 底冷えするような低い声に、二並がビクッと体を竦(すく)ませた。

「酒好家の娘が、命を落とせば家が潰(つい)える。お主の家は九の国にとってなくてはならぬ存在だ。民のためにも、その逸(はや)る気持ちは抑(おさ)えよ」

 それから独虹は柚衣を見やり、決心に満ちた顔で言った。

「柚衣女史。山賊の退治はお主に任せる」

「は、ははっ! しかし、今はこの場を離れることは……」

「心配はいらん。点数が零になれば、お主がこの場を離れることができる」


 独虹は太陽をつかむがごとく手を突き上げ、海を割るモーゼがごとく叫んだ。

「出现(チューシー)、我的传家宝(ウー・ダ・チュアン・チャーポー)!」

 途端、彼の手が眩く光りだした。それは最初ただの発光だったが、やがて徐々に形を変えていった。

 光は形を定めると、徐々に色づき物体へと変(へん)じていった。


 それは細く長い棒状の先に大きな反(そ)り返った刃をつけた、大刀(だいとう)だった。

 槍の先に剣湾曲した刃がつけられているとイメージした方がわかりやすいかもしれない。

リーチがあり先端に大きな刃をつけられているため遠くから殺傷力のある攻撃を叩き込むことができる反面、かなりの重量があるため使い手を選ぶ武器だ。


 俺は唖然とした思いで大刀を見やったまま柚衣に訊いた。

「……なあ、家宝(チャーポー)ってのはああして呪文を唱えて出すものなのか?」

「使い手と家宝の間に強い繋がりが生まれれば、普段は己(おの)が内に仕舞うことができるようになるのです。もっともそのためには幾千幾万の戦いを共に乗り越え、家宝と揺るぎない固い絆を結ばねばなりませんが」

「武器と、絆をか」


 雀士の間、特にオカルト派では『牌が応(こた)えてくれた』などという言い方をすることがある。これは暗に牌が意志を持っていると認めているのと同義である。

 麻雀というゲームは自分の判断力と運が絶妙に絡み合ってできている。ゆえにプレイしている内に牌と自分が意思疎通(いしそつう)しているのではないかと思う瞬間がたまに訪れるのだ。『次はあの牌が来てほしい』と願った瞬間、望んだ牌が引けたり。または『これは当たらないでくれ』と捨てた牌で和了(あが)られた瞬間、『牌に裏切られた』と責任転嫁してしまったり。

 そういう意味では八百万信仰が根付きやすいとも言えるし、武器と絆を結ぶという考えも割にすんなり受け入れることができた。


 さて。

 大刀を手に取った独虹は、鬼のような形相で手牌を睨みやった。

 ……まさか俺を瞬殺して対局を終わらせようって気か?

 言い知れぬ不安が汗となって背中を伝う。

 麻燐との戦いで打たれた――といより撃たれた三倍満の一撃が脳裏をちらつく。

 さすがに次にあれを食らったら、死ぬんじゃないだろうか。いやでも、いきなり三倍満ってことは……。いや、もしかしてもう役満手をテンパイしてるか、ダブリー……下手したら天和ってこともあるか?


 天和とは、配牌時にすでに上がれる形になっている時につく役である。

 得点は役満――親は48000点、子は32000点。もしも今和了ったら16000点オールだ。独虹を除く全員が9000点まで減らされる。

 柚衣やヒミコはともかく、破邪麻雀慣れしていない俺がそんな高打点の攻撃を食らったら、一発でダウンしてしまうかもしれない。

 確かに最速で対局を終わらせうる方法ではあるが、また生死の境目を彷徨うのは勘弁してもらいたいな……。


 切に願ったその時。

 独虹は大刀を振りかぶり――あろうことか、その一刀で二枚(・・)の牌を断ち切った。

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