二章17 『青天の霹靂』

「な、なあ。これ、どういうことだ?」

 俺はイーソウが映った|封呪の石(フォンチュー・チー・シー)を見せて柚衣に訊いた。

「ああ、やはりそうなっていますよね」

 彼女は落ち着き払った様子で言った。

「封呪の石は呪いを封じる度に制限回数が減っていくんです。ゼロになったら石の中の鳥が解放されて、使い物にならなくなります」

「そ、そうだったのか……」

「心配することはありません。新しい封呪の石は用意してあります」

 俺からイーソウの映った石を受け取った柚衣は、代わりの封呪の石――今度のものには首紐(ひも)が通してあった――を寄こしてきた。それにはチューソウが映っていた。


「八回九種九牌を防いだ後――つまりイーソウになったら返してください。新しいものに取り換えますので」

「あ、ありがとう。……ところで、この紐なんだけど」

 封呪の石につけられた紐は、赤や白のさらに細い紐をより合わせて作られたものだった。丁寧な仕上がりで、かつ手製ゆえの温かみのようなものを感じる仕上がりだ。


 尋ねてすぐ、柚衣は微かに顔を赤らめて目を背けた。

「あ、あの、気に入って……いただけなかったでしょうか?」

「……もしかしてこれって、お前が?」

「は、はい……」

 そう言ってもじもじと指先を合わせる柚衣には、あの冷酷な面影はどこにもなかった。

 よく見れば彼女の目の下にはクマができている。

 ……まさかこれを作るために、とはさすがに考えすぎか。

 でもそうわかっていても、恥ずかしがる柚衣が可愛く見えてしまう。


「ありがとうな、柚衣」

「……え、あ、その」

「すっごく嬉しい。石もだけど、何よりこの手作りの紐がさ」

「そ、そうですか。気に入っていただけてよかったです」

 ほっと胸を撫で下ろす柚衣が、たまらなく、たまらなく……いじらしい。思わず抱きしめたくなってしまうぐらいに。


「……お主等はそういう関係だったのか?」

 独虹からじとっとした目線を向けられた柚衣は再び赤面して。

「いっ、いえっ、決してそのようないかがわしい関係ではなく……!」

 一つ飛ばしな否定をした。

 返答を受けた独虹は一人納得したように「そうかそうか、麻燐ではなく柚衣女史が」と二度うなずき、少し上機嫌な声で言った。

「仲人(なこうど)は吾輩がやってやろう。なに、心配することはない。立派な祝儀(しゅうぎ)にしてやる」

「ちっ、違うと申しているではありませんか!」

 柚衣が懸命に訴えているものの、独虹の耳にはまったく入っていないようでしみじみとした様子で空を仰いでいた。

「幼い頃より色ごとにはまるで興味がなかった柚衣女史が……。年は取ってみるものだな」

「うっ、うう……」

 主君には強く口を挟めぬ様子。俺も一応当事者ではあるのだが、なんだか他人事みたいにニヤニヤしながら焦る柚衣を眺めてしまう。


「……あの、お嬢サマ? なんで不機嫌なお顔してるヨ?」

「別に……」


 急に背筋を寒気が走った。どこからか氷の矢を打ち込まれたかのような……、気のせいだろうか。


「なんだか対局という雰囲気ではなくなってきてしまいましたわねえ」

「へっ、陛下。そろそろ一打目をお願いできませんか!?」

「むっ……ああ、そうだったな。すまぬすま――」


 バッーーグォォォォォオオオオオオオオオオオオンッ!!


 どこぞから盛大な爆発音、続けて瓦解(がかい)音が響いてきた。

 俺達はしばし事態を理解できずにぽかんとした後、音のした方を見やった。

 目を疑った。

 屋敷の壁の一部が、木っ端みじんに砕け散っていたのだ。


 瓦礫(がれき)が外にぼろぼろ崩れていく様から、おそらく屋内で爆発が起きたのだろうと俺は推測した。


 自然発生したものか――いや、勘が告げている。間違いなく人為的なものだと。

 しかし誰がどんな目的で、というのは俺には想像すらできなかった。

「……な、なにごとであろうか?」

「私にもさっぱり……」

「お嬢サマ、ご無事ヨ!?」

「隣にいるでしょうが、もう」

 他の者も落ち着きを失っている。誰にとっても予期せぬ事態だったということか。


 少しして、広間の入り口から従者らしき者が叫びながら大慌てで駆けてきた。

「たっ、たっ、大変です! くっ、曲者(くせもの)が……!」

「曲者だとっ!?」


「はっ、はい。あの盗賊達が勝手に宝物庫(ほうもつこ)に入って……」

 報告を受けた独虹が忌々しそうに舌打ちをした。

「ええいっ、麻燐の恩人だというから大目に見てやったものをっ。恩を仇で返すとは雀士の風上にもおけぬっ!」

「それと爆発と同時に、外で待機していたらしいヤツ等の仲間共も押し寄せてきましたっ。いっ、いかがいたしましょうか!?」

「もう容赦(ようしゃ)はするなっ! 一人残らず命尽き果てるまで麻雀の神髄を叩きこんでやれッ!!」

「は、ははぁっ!」


 従者は深々と頭を下げた後、風のように立ち去っていた。


「だから言ったじゃない。アイツ等は放っておいたらマズイって」

 麻燐の冷たい声を受けて、独虹はバリバリと頭を掻いて嘆息した。

「むう……、面目(めんぼく)ない」

 おっかないヤツだと思っていたが、独虹もまた人の子だったらしい。

 とはいえ、今回ばかりは笑いより先に同情が来てしまう。


 屋敷の方では煙が上がり、にわかに騒がしくなっていた。

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