第4話 虚しい問いかけ
帰宅して飯を済ませて夜になって、ひとりで部屋にいるとなんだかもやもやと気になった。
りんご、なんで部活辞めるんだよ。
別れよう、と言われたわけでもないのに、そう言われたのと同じくらいのダメージを受けていたことに今更気がついた。
発信ボタンに触れるのに、躊躇いはひとつもなかった。
『どうしたの?』
電話口のりんごの声は戸惑うほどにいつもと同じだった。
「……いや、さっき言ってたこと、やっぱ気になって」
『パズル手伝うって話?』
「そんなわけあるかっ」
さすがにわざとだろ。出鼻をくじかれて小さくため息をつくとやはりわかっていたらしい相手は自ら仕切り直した。
『じゃあ部活辞めるって話だ』
「ああ……」
なにか悩みがあるのなら、聞きたい。りんごは他の友達とは違う。りんごは特別で、りんごは俺にとって、誰より大切だから。
『だからさっき言った通りだよ。あたし、お金がほしいの』
「お……かね?」
え……そんな話、してた!?
『そう。それでね、あそこのシュークリーム屋さんの求人がちょうどあったから、これぞ運命! これっきゃない! って』
「……ちょ、待て待て! なんでいきなりそんなことになった!?」
『え、だあから、求人が』「そうじゃなくて!」
ああもう、バカかよ。
『もうー、バカなの?』
少し黙って、少し笑った。コントがしたいわけじゃない。
「……なんで急にお金が必要になったんだよ」俺が聞きたいのはそれだ。
『ええー? それは……秘密だよ』
「はあ?」
こういう時、秘密にするからにはもしかしたら俺のためになにか買おうとしているのか、などと彼氏としては期待しそうだけど、このりんごという彼女に関してはそれはあまり期待できない。
このりんごという彼女はバレンタインでも彼氏にチョコの棒菓子(しかも極細)一本とかで平気で済ませようとするような非道な女だからだ!
「手作りとか……しないの?」
期待してしまった分あまりにショックで思わずそう訊ねた。すると「え、手作りだよ」というもはやどうしようもないボケをかましてくるからもう期待するのは諦めた。
『バイトない日はデートしようね』
「部活は……ほんとにもういいの?」
理由にいまいち納得できない以上はそう簡単に賛成や応援はできない。
『……いい。目的も、なくなったしね』
目的……? なんだそれ。初めて聞くことだった。
「目的って……?」
『教えなーい』
「……なんなんだよさっきから、秘密だの教えないだの! わかんねえよそれじゃなんも!」
つい、カッとなった。仕方ないと言えばそうだけど、突然怒鳴ったのは悪かった、とも思う。まあお互い悪かったんじゃないか、とも思う。
「……ごめん、怒鳴って」
返事はなかった。
「……りんご」
電話は、もどかしい。
「……会いたい」
◇
電話をしながら眺めていたのは今日旭くんとお金を出し合って買ったジグソーパズルの箱だった。可愛い妖精とイルカが幻想的な海を泳ぐ絵。
底なく溶け合う碧色の深海。
果てなく拡がる藍色の夜空。
そこに浮かぶ、二つの光。淡く、小さく、白く透き通る羽は、きっとこの世のものではない。
絵の中の世界には、汚いものはひとつもない。私の心の中にあるようなものなんかは、ひとつもない。
結局「夜はダメだよ」と短く断って電話を切った。おかしいなあ、いつもみたいに笑えない。私は、旭くんを傷つけたくない。どうして涙が出るんだろう。どうすれば、止まるんだろう。
電話を終えると視線をその横に置いた手紙に移した。これは昨日、彼から届いた手紙。旭くんではない、『彼』から。
私は、どうするべきですか?
この衝動を、どうすればいいですか?
虚しい問いかけは一瞬宙を彷徨って、やがて薄れて消えた。
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