第5話 手紙と秘密
◇◇◇
りんごちゃんへ。
算数の分数がむずかしいです。
理科と体育はできるけど
国語と算数はきらいです。
りんごちゃんは何がとくい?
◇◇◇
引き出しから取り出した箱の中にあるのは、私のもとに届いた彼からの手紙たち。
こんなもの、旭くんを想えばさっさと捨てるべきなんだろう。だけど私にそれはできない。できないんだよ、どうしても。
◇◇◇
りんごちゃんへ。
新生活どう?
りんごちゃんのことだから
友達もすぐできて
もう楽しくやれてるかな。
こっちは部活で夏の最後の大会
2回戦で負けました。
高校はスポーツ推薦で行きます。
りんごちゃんも
いい高校に行けるように
願っています。
追伸
りんごちゃんは高校でも
マネージャーやるの?
お互い頑張れば、全国大会で
会えたりするかな?
バカなことを考えてます。
◇◇◇
この手紙があったから、私は高校でもマネージャーをしようと決めた。
◇◇◇
りんごちゃんへ。
実は、彼女ができました。
部活のマネージャーで同級生の子。
だからこれからは
手紙はあんまり書けなくなるかも。
ごめん。またね。
◇◇◇
この手紙があったから、私は彼氏を作った。
失礼な話だよね。今では旭くんのこと本当に大好きだけど、あの時は、ただタイミングが合って、それで……。もちろん誰でもよかったわけじゃない。でも少なからずこの手紙が影響したのはたしか。このことは、誰にも秘密。墓場まで持っていくつもりです。
そしてここに、もう一通。
これは昨日久々に届いたもの。そしてこの手紙を読んだ途端、私は私がわからなくなってしまった。
◇◇◇
りんごちゃんへ。
返事がないのは
気をつかってくれてるのかな。
彼女とは、この前別れました。
部活は続けていたけど、ひざをケガして
実は今、手術して入院しています。
部活はたぶん、もうできない。
なんにもなくなったよ。
◇◇◇
高校二年の夏休みを前に、私は……たぶんやってはいけないことを、やろうとしている。わかってる。ダメなことだとは。だけど止められない。たぶん誰にも止められない。
気づかないうちに旭くんからメッセージを受信していた。
『今から行くよ』
「えっ」と声を出すのと同時に玄関のチャイムが鳴った。慌てて手紙を引き出しに押し込む。ティッシュを光速で三枚取って涙と鼻水を乱暴に拭いた。
「りんごー?」
階段の下からお母さんが私を呼ぶ。湿ったティッシュをゴミ箱に押し込んで「ごめん!」と返事をしながら転がるように階段を駆け下りた。
勢いよく玄関に飛び込むと、そこには旭くんが立っていた。
「……ごめん」
「あたしこそ、……ごめん」
目が合わせられなかった。それは旭くんが、私の泣き腫れた目を見て謝ったのがわかったから。
「……上がって。どうぞ」
そう言うしかなくなって、部屋まで案内した。心配そうに見つめるお母さんに旭くんは「すみません、すぐ帰りますから」と頭を下げた。
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