大ちゃんって呼ばせてよ 最終話
「モラハラ……」
モラルハラスメント。なるほど。聞いたことはあった。
俺たちはとりあえず近くにあった長椅子に座って話を続けた。
「習慣って怖くて。最初は全然そうじゃなかったんだけど、だんだんエスカレートしてたみたいでね。それに自分じゃ気づけなかったんだよ。ある時、友達に『ヤバいって、おかしいよ』って言われて、私とその子の知り合い何人かに協力してもらって、なんとか振り払ったの。……高校の頃だから、もう結構前の話なんだけどね」
「そんで……ちゃんと別れられたん?」
「うん、一応は、ね。けど突き飛ばされて蹴られたし、『死ね』って言われた」
「……はあ?」
「『おまえなんて価値ない』って、『胸と顔だけだろ』って、いつも言われてたし」
「……」
話を聞いただけで怒りを通り越した。あの鼻ピアスを思っきり引きちぎってやりたくなった。くそ。
「
「……ううん、私も悪かったんだろうし」
「悪いわけあるか! どんな相手にでも『死ね』なん言うてええなんてこと有り得ん!」
「……大吉くん」
「俺なんか今日の数時間でも結構わかったで、ひよりさんのこと」
ひよりさんは潤んだ目でこっちを見た。だから俺もまっすぐその目を見ながら、教えてやった。
「無鉄砲で無茶苦茶やけど、一直線で素直で頑張り屋。笑うとえくぼが出来て、八重歯が一本見える。熱い話が好きで涙脆い、心の優しい可愛い人」
その目がもっと潤んで、やがて涙がこぼれ落ちた。あーあ、さっき直した化粧が、また崩れるぞ。
「そんな最低なヤツとどこでどやって知り
同情や慰めやなくて、本心で言っていた。俺の隣で小さくなって泣きじゃくるひよりさんを、いつの間にか可愛いと思うようんなっていた。
頭をそっと撫でてやると、子どものように「うわあん」と俺の腹に抱きついてきた。「ちょ、おい」
「……すき」
あ……しもたなぁ。そう思いながら、「まあええか」ち思う自分がいた。ひよりさんはそのまましばらく離れてくれんくて、俺は彼女の気が済むまでそのままおることにした。少し躊躇いつつも、そっと背中を撫でてみると、彼女は嬉しそうにその抱きつく力を強めた。
「……付き合お、か」
観念した。ちうか、可愛いもん、この人。見た目やなくて、中身も全部。
俺の方が惚れたんや。
「おいひーっ! ね、大ちゃん、大ちゃんって天才!?」
「……こんなん誰でも作れるわ」
案の定、というか予想通りというか、ひよりは料理や家事全般が壊滅的に出来んかった。ベッタベタに炊けた上にしゃもじで潰されたご飯や真っ黒に焦げてフライパンにこびり付いて取れん目玉焼きを俺は生まれて初めて見た。
「ねえ目玉焼き、なにかける?」
「……時を戻す魔法」
幸いというか、人生上手いことできよるというか、俺はその点で居酒屋の厨房のバイトの経験もあって比較的いろいろと作れた。
「んー! 大ちゃんのだし巻きって世界一だよね。旭の比じゃない」
「いや、だし巻き作れるだけでむっちゃ偉い思うで、旭くん」
「あいつのは甘くないんだもんー」
「それは単純に味付けの好みじゃろ……」
付き合いだしてひと月せんくらいでひよりは俺の住むアパートに転がり込んできた。
「お父さんとケンカしたから、今日からもうここに住むね!」
「はあ?」
「ね、ここのスペースちょうだい! メイク道具置くから。それとそれとぉ──」
自由奔放、天真爛漫、散らかし屋やけど謎に綺麗好き。肉食獣で寒がり。動物で言うなら猫で間違いない。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫のように、丸まって俺にくっついてぬくぬく眠る姿を見たら、いろいろ思っていても結局何事もまあええか、ち思わされてまう。
……く、可愛いやつめ。
すっかりしてやられて、「大ちゃん」という呼び名もあっさり譲らされた。せがまれてせがまれて、あれだけ拒んだトランペットも吹かされたし内緒にしよったバンドのライブもどっからか調べたらしくちゃっかり見に来られてまった。それも最前列で。
「んふふ。惚れ直しちゃった。大ちゃん」
ライブの夜帰宅するとくっついてきてそんなん言われたら俺はまた、んん、まあええか、ちて思てまうんや。はーあ。
ちなみにひよりの服装の趣味は最初こそ頑張ってくれたけど俺の「無理せんくてええよ、ひよりの好きな格好で」という発言を機に一瞬で戻った。ああ……残念やけど、まあ、ええよ、もう。そもそも見た目に惚れたんやないからな。
そして俺がずっと探しよった恩師とはつい最近意外なきっかけで再会を果たした。
廃校となった母校の旧校舎取り壊しの連絡とともに、この機会に地元で同期会が企画されたというわけ。校舎がなくなるんは正直かなりの衝撃で寂しいことやったけど、たくさんの懐かしい顔と会えて、そんで俺の目標である先生とも会えて、話せて、笑い会えて、よかった。うん、これで俺はようやくしっかりと未来に向かえる、というわけや。
「ねえ大ちゃん」
「ん」
「私のこと好き?」
「はあ?」
「ね、好き?」
ほんまに人生ってわからん。
「ああ……好き」
「ん?」
「すき」
「なに?」
「すーきーでーすー!」
ひひっと嬉しそうに笑って、飛び込むようにキスしてきた。く、甘え上手の猫娘め。
ああ、もう。なんなん、この可愛い人。
ちなみにこの後俺がこの子が猫やなくてネコ科の猛獣やちいうことを知るんは、まあ二、三年先の話で。それでも「はは! お似合いじゃん」ちて周りには言われるよって、また俺は思うんよ。
んん、そやね、……まあええか。ちて。
お粗末さまでした。
〈番外編・完〉
リンゴの中身は秘蜜の恋 小桃 もこ @mococo19n
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