大ちゃんって呼ばせてよ 第4話
こういう時にする嫌な予感はだいたい当たる。
男らのグループのうちのひとり、一番面倒そうな鼻ピアス男が立ち止まっていた俺らに気づいてニヤニヤとしながら近づいてきた。おお、まじか。
「ひより?」
「……」
その声を聴くとひよりさんの俺の服の裾を掴む力がいくらか強くなった。顔を伏せたままのひよりさんを鼻ピアス男は無理やり覗き込もうとする。
「……人違い、です」
ひよりさんはさっきまでとは全然ちがう、か細い声でそう答えた。
「は。嘘こけよ、絶対ひよりだ」
「ちがいます」
「ひよりだろうが!」
その汚そうな手がひよりさんの肩にのびて顔を確認しようとするから、俺はほぼ反射的にそれを振り払った。「あの」
「あ?」
今まで俺のことなん見えんような扱いをしよった鼻ピアス男は一瞬驚いたようやったけど、俺を改めてちゃんと見るなり「勝ち」を確信したんか鼻で笑って見下ろしてきた。
「誰おまえ」
まあ敬語なんかが聞けるわけないとは思っていたけど、それにしてもしつけのなってなさそうな、アホそうな男やな。
「そっちこそ誰」
まずはおまえが名乗れ、ちうんじゃ。
「俺はその女の知り合いよ。な、ひより、こんなとこでなにしてるわけ? つーかこれ、彼氏? いっひひ、まさかな。全然ひよりのタイプじゃねーもん。なあ、そろそろ俺ら戻らねえ? 俺じつはまだ待ってんだけど」
言いながらひゃはは! と気持ち悪く笑った。周りの仲間たちが「嘘だろ待ってなんかねーし!」とかなんとかやかましく茶化す。ひよりさんは応えん。顔も上げん。
「つーかおまえまじ死んだと思ってた」
言ってまた笑う。言葉の意味も、なにを笑いよんのかも俺にはわからん。一個もわからん。ただ、無性に腹が立っていた。なんとなく、ひよりさんをバカにしよるように感じて、この上なく腹が立っていた。
「なあひより、つかなにその服、やべー。全っ然似合わねんだけど。ひゃはは! ダサ。ウケるわ。な、行こうぜ? けどまずそれ着替えてよ? 隣歩くのとかまじむりだし。くはは」
カチン。気づいたら「おまえ」と掴みかかっていた。気はもともと短い方。ケンカはそこまで強くはないけど。鼻ピアス男は身長はそこそこあっても身体は不健康そうなひょろひょろでそこまで力はなかった。けどその代わり、「うわうわうわ! まじヤバいってこいつ、警察! 警察よんで!」と鬱陶しい反応を見せた。
するとさっきまでこの鼻ピアス男と一緒にいたやつらも薄く笑って乱闘モードになってきた。ああ、まずいな。デカいやつもおる。そうでなくてもこの人数相手じゃ俺ひとりじゃ勝ち目なんない。くそ、どうなる、俺。
と、その時、鼻ピアス男の集団の中のひとりが俺を指さして興奮気味に言い出した。
「あれ。うっそ、もしかして『梅吉さん』!?」
え、誰やこいつ。
「梅吉さん、ですよね!? トランペッターの」
「……ああ、そやけど」
よくわからんけどとりあえず鼻ピアス男を掴むのはやめた。ようわからん男は俺を指さしたまま興奮状態で続ける。
「うーわ、うーわ、まじか、まじだ。俺知ってますよ。つーか有名人だし、つーかまじ、神って言われてますよ、バンド界では」
はあ……?
それこそ人違い、なわけないか、『梅吉』言うてるし。
「音楽センス抜群、演奏もプロ並み、肩書きはトランペッターだけど楽器はなんでも、ギターやベースもできるし実は歌も超絶上手い。作曲や編曲とかやらせたら同年代で勝てるヤツなんかいないって! まじ! まじだから! これ! この人、神!」
「いや……褒めすぎやし、俺そんな有名でもないし人気もないから」
なんか場の空気が一変したんはよかったけども。謎の褒めちぎりはまだ続くらしい。
「いやそこもっすよ、そこもいいんす! 女の子にキャーキャー言われてるようなその辺の見た目だけのヤツらと違って、本物の音楽人っつーか、寡黙で、一見バンドなんかやらなそうで! そこもシビれるんすよ!」
「はあ……まあ、……ありがとう」
軽く会釈してからさっきの鼻ピアス男を見るとどうにもバツが悪そうな顔をして「ふん」とか「はん」とかわからんことを言うてひよりさんから離れ始めた。どうやら『勝ち目』がないと見切ったらしい。え、よわ。
「おい、いいの?」
仲間のひとりがそう声をかけるけど反応せずにそのまま歩き出す。「行くぞ」とぼそりと言ったのにつられるようにして集団はつまらなそうにぞろぞろと歩き出した。
さっきの謎の俺のファンらしいヤツは「またライブ行きます!」と嬉しそうに俺の手を握ってからその集団に混ざって行った。いや、だからなんなん、ほんま。
少しの間、呆然とその集団の後ろ姿を見よったけど、「ありがとう……」という細く弱い声が聴こえて我に返った。
「ああいや。……え、今のって」
元カレか。どやってあんなヤツと知り会うんか知らんけど。
ひよりさんはこくりと頷いて「モラハラDV男」と小さく呟いた。
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