大ちゃんって呼ばせてよ 第3話

「桃音ちゃんから大吉くんのこといろいろ聞いてきたんだ。中学も高校も部長で部活では優秀だったけど、勉強は全然だったとか、高校までは……坊主頭だったとか! ぷふっ」


 あいつは人のことを勝手にベラベラと。あとで覚えとけよ。ショッピングモールを歩きながらひよりさんは人懐っこく微笑んで俺にいろいろ話し掛けた。あれ、意外と可愛いな……ああいや。


都会こっちの大学にしたのは、中学の時の恩師さんに逢いたくて、なんでしょ?」


 そんな話まで……。


「まあ」

「なんか、いいなって」

「いい?」


 訊ねると一層笑顔になって「うん。熱い感じ」とやっぱよくわからんことを言った。


「結局見つかったの? その恩師さん」


「……いや」


 中学時代に俺に音楽を、吹奏楽を、トランペットを教えてくれた人。たった一年の付き合いやった。けど人生で一番濃かった一年。たくさんの苦楽を共にした。音楽以外のたくさんのことを教えてくれた。俺に、夢をくれた。けどその人は俺たちの母校の廃校を機に、行き先も言わんと姿を消した。


 少し経って、東京におるらしいという情報を得た俺は、必死で勉強をした末なんとか東京の大学への進学を果たした。


 最初の頃は東京に居さえすればすぐに見つかると思っていた。けど案外それに関連する情報はなく、そのうちに学生生活も忙しくなって、金銭的にも余裕はないからバイトなんかをしたり、そうこうするうちに演奏の腕を見込まれてバンドや楽団からも声を掛けられて人探しなんかをする余裕は今やほぼなくなっていた。


「けど、音楽続けよったら、いつかは会えるち、そう思うから」


 そう。音楽が俺たちを繋いでくれる。いつか、きっと。


 ん。なんか静かんなったな、と隣を見ると「くぅぅぅん」と子犬の鳴き声のような音がした。音……? いや、声かこれ。


「え……。泣いてる?」

「いい話……」


 やっぱ、よくわからん子や。とりあえず俺がなんかして泣かしたと思われるよって出来ればなるべく早よ泣き止んでもらいたい。


「はあ、メイク、メイクぐちゃぐちゃだよ、ね? どう?」

「う……おお」


 お世辞にも「大丈夫」と言える顔ではなかった。


 トイレに駆け込んだ彼女をため息をつきながら通路で待つ。今更気づいたけどこれってもう完全にデートやないか。会って数秒で振ったはずが、なんでこんなことになったんや?


「お待たせしましたっ」


「ああ……」


 すっかり直ったらしい彼女はキラキラとした笑顔を向けてきた。ああ、なるほどラメとかって言うんやんな、この目元のキラキラは。


「そこのお店、清楚系、どう?」


 メイク濃いよな、もともと薄い顔でもなさそうやのに勿体ない、なんて俺が考えよるのにも気づかんと、そのギャルは角を曲がった先の服屋を指さしていた。


「んん……まあ」


 当たり前やけどこういう女の子の服屋に入ったことはない。ましてや彼女でもない子と入るなん、正直勘弁願いたかった。


「で、どういうのが好みなわけ? 大吉くんは」


 けど当然というか相手は俺を通路で待たせる気はないらしい。


「どうって言われても……」


 そわそわ、落ち着かん。さっきから店員の女性がにこやかにこちらの様子を窺っとるんもその原因。じわり、じわり、とその距離を詰めて来よる。


「よろしければご試着どうぞ」


 ほら来たで。うああ。


「ああ店員さん、相談いいですか?」


 ははん。そういう感じね、最悪や。


が清楚系が好きって言うんですけど、どんなのがいいかはっきり言ってくれなくて」


 いやだから俺は『彼』やないってば!


「あら、彼の好みに? 素敵ですねぇ」


 だからっ! ああもうっ! 恥ずかしすぎじゃろ!


 それからは店員さんと彼女が楽しげにアレがコレがと盛り上がり始めたので俺は身体だけ残して意識を他所へやった。ああ、なにをしよるんじゃろ、俺はほんまに……。


「ね、彼氏さん、どうですか? こちら」


 いつの間にか試着室に行っていたらしい二人に「ああ」と遅れて近づく。すると、ん? 「ああ、へえ……」不本意ながらそんな反応をしてしまった。


「なかなかイイですよ。ね? 彼氏さん」


「はあ……ふん、……そうっすね」


 店員さんに彼氏じゃないことを伝えることも出来ずにそう返していた。なんちいうか、ああ……まあ、そう。……その姿がかなり可愛かったから。


「そんじゃ、コレ、着てきます!」

「ありがとうございまぁす」


「……っちょ、え? 全部買うん!?」


 さすがに言わずにおれんかった。だって全部って……かなりの額やぞ!?


「昨日お給料日だったんだよねぇ」

「いやそれにしたって」

「え、なら出してくれるんですか?」

「は……?」


 固まった。待て。なんでそうなる?


「『彼氏さん』♡」


 あー、はんはん、なるほど。納得したわ。


「……あんたやっぱ詐欺師か」


 うん、なるほどな。それならここまでのことも全部合点がいくわ。


「む、失礼だな! ちがうよっ、もういいですっ」


 口を尖らすとレジに勢いよく茶色の紙幣を数枚叩き置いた。


「わかんないかもしんないけど、これは、私から大吉くんへの投資だからね」


「……はあ?」わからん。まったく。


「さっき一瞬、試着室で落ちかけたでしょ。手応えあったもん」


 う、鋭いな。


「このくらい払います。そんくらい賭けてんの。私は」


 もと着ていた服を入れた紙袋を機嫌よく振りながら、ギャルは……いや、見た目はギャルじゃなくなった、ひよりさんは、俺を見つめて微笑んだ。


「どう? 少しは『彼女』に近づいた?」


「……まあ、最初よりは」


 健気さよりも、どちらかというと強引さの方が勝る気がするけど。


 その時やった。「あっ」と隣のひよりさんが小さく叫ぶと同時に、俺の陰にさっと隠れた。


「な、なんや?」

「しーっ。このまま、動かないで」


「……?」


 俺の服の裾をぎゅっと掴んで、少し震える声で言う。その目線の先を見てみると、数人の男性のグループ、俺たちと同じくらいの歳と思われる身なりの集団があった。




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