第44話 ハルマくん

 ◇



 りんごが上機嫌で俺に手紙を見せに来たのは夏休み明け二日目のことだった。


「旭くーん! 見て見て見てこれっ!」


 朝の予鈴が響く八月下旬の教室。相変わらず今日もうざい佐渡に「実力テストとかまじうざ」などと煩く絡まれていた俺のもとへりんごが登校スタイルそのままで駆けつけてきた。


 手に持つそれの中身は昨日画像付きのメッセージで散々見せられたから既に知っている。


「遙真くんからの手紙だよ!」


「わかってるよ」


 騒ぐりんごと冷静な俺を見て解せない顔をするのは佐渡だ。


「『ハルマ』くん……?」


 そう問うので「りんごの幼馴染」と教えてやると「えっ、それって」と驚き、どこのおばさんかというようにその口元を手で隠した。なんだよその反応は。


 そしてりんごに見えないようにその手を頬に少しずらして俺に『うわきあいて?』と口パクして見せた。バカが。


「ちがう。その話もう古い」と静かに一蹴してやった。


 結局のところ夏休みの間はシュークリーム屋でバイトを続けて、二学期からマネージャーに復帰することになったりんご。うちの高校では夏休み明け早々に恒例の実力テストがあるためその期間中である今、佐渡はりんごがマネージャーに戻るということをまだ知らない。そして終業式の日以来りんごとのことを特に話していないのでたぶん佐渡の中ではりんごと俺が以前のように普通に接していることがまず解せないらしい。


 俺の対応にますます混乱する佐渡をよそにりんごは「ほんものを見てほしいのっ」と俺の机に例の手紙と写真を叩き置いた。


 一緒に覗き込んだ佐渡が一瞬ドキっとした顔をしたのはたぶん写真の中の桃音さんをりんごと見間違えたからだろう。そんなに似ているわけじゃないんだけど、まあ背格好は。


「えっ!」と見切り発車の声を出してからすぐに気付いて「ん……誰?」と失速して首を捻った。


 写真は遙真と桃音さんのツーショット。足のリハビリ中か、撮影者になにか茶化されたのか遙真は少し照れた顔、桃音さんは大笑いをしていた。


 改めて見ても、やっぱりお似合いの二人だ。よかったな、ほんとに。


「なんかすんげー田舎みたいなとこだな」


 話がわからんならさっさと身を引けばいいのに、と思うがこの佐渡 ウザ助という男にそんな考えはないらしい。


「うん、すんごい田舎だよ! 田んぼと畑だらけだし、廃校もあった」

 りんごが答える。無視すりゃいいのに。


「まじか。リアル廃校とか俺見たことない」


 『廃校』という言葉を受けて一体なにを想像して勝手にゾワゾワしているのか、バカだな、ほんとこいつ。


「つーかおまえら、いつの間に戻ったの?」


 シャーペンで俺とりんごを順に指しながらさもつまらなそうにそう訊ねられて苦く笑って今度は俺が答えた。


「最初からなんもなってねーわ」


 そう。俺たちは変わらず、美味い食い物と面白いゲームがあれば、ずっと幸せでいられる。これまでも、これからも。


「あれ旭くんも佐渡くんも、なんで問題集なんか出してるの?」


「は……? りんご、今日からテストだぞ、実力テスト」


「……うそ!」


 さあっと青リンゴになって走り去った。忙しいヤツだ。


「なあんだ春間、それならそうと早く言えよなぁ」


 青リンゴの背中を見送っていると佐渡がいじけた風にシャーペンの尻で俺の腕をつついた。どれならどうだというのか。


「しっかし『ハルマくん』ねぇ……。それで最初から『旭くん』だったってわけ?」


 慌てたりんごが忘れていった手紙の最後のところにある『遙真より』という部分を遠慮めに横目に見ながら呟く。


「べつにどうでもいいよ、呼び方なんて」


 たしかにそれはきっかけのひとつではあった。バカだった俺は『名前呼び』という他のヤツとのその区別を単純に喜んで、それですっかりりんごのことを好きになってしまったわけだった。


「ほほーん。強がっちゃってっ!」


 俺の冷めた反応を前に佐渡はそう茶化して鼻で笑った。


「ほんとは知った時ショックすぎて寝込んだんだろーが。『浮気だー、おしまいだー、もう別れるー』なんつって泣き濡れて」


「……脚色しすぎだ。そもそも浮気なんかされてないし」


 そう言い捨てて問題集に意識を集中した。佐渡は懲りずにバカにした発言を繰り返していたが俺が無視を続けるのと本鈴のチャイムが鳴ったのもあってようやく諦めて自分の席へと向かった。


 まあそりゃ、ショックだったよ。知った時は。けど今は、そんなきっかけがあったからりんごと付き合えたわけだし、結果的にはよかったと思える。


 遙真の存在に、感謝しなくちゃな。



「はあ、ボロボロだったよ……」

「自業自得だ」


「ねえ、今日旭くんの家行っていい? 明日のテスト勉強しに」


「お断り」

「なんで!?」


「りんごの点は上がるかもしれないけど、俺の点は下がるからだよっ」


「……は? なんで? あ、そうだ。テストの点が上がるおまじないがあるの知ってる?」


「『説得力』って言葉知ってる?」



 言い合いながら、俺たちの手は今日もしっかり繋がれている。





 ◇◇◇


 りんごちゃんへ。


 なにから書こうか悩むよ。

 今回は本当に、いろいろとありがとう。

 りんごちゃんも、旭も、元気?


 あのあと桃音からいろいろ聞きました。

 すごく驚いたし、

 ちょっと信じられんかった。

 今後の手紙のこととか、

 祭りに呼んでくれたのも

 俺たちのために考えてくれたんやね。

 ほんまにありがとう。

 桃音とは、あの日ちゃんと

 仲直りしました。

 10年振りのりんごちゃんは

 少しも変わってなくて懐かしくて

 会えて本当に嬉しかったです。


 最近は桃音に支えてもらいながら

 高校最後の大会での復帰を目指して

 リハビリを始めました。

 道は長そうだけどがんばるよ。

 同封した写真はその時の。

 約束のツーショット写真です。


 旭にもよろしく。 遙真より


 ◇◇◇



 ◇◇◇


 遙真くんへ

 ↑『遙』合ってるよね!?

 今まで本当にゴメンなさい!


 お手紙ありがとう。

 こちらは元気です。

 旭くんも、元気だよ!


 夏休みにとってもステキな思い出が

 できて、うれしかったです。

 桃音ちゃんと仲良くできてる?

 ケンカとかあんまりしないようにね

 って私も人のこと言えないけどね~


 約束通りのすてきな写真を

 ありがとう♡♡

 リハビリがんばってください。

 旭くんも最後の大会で

 レギュラー取れるように

 がんばるって。

 本当に全国大会で会えるといいね。

 私もがんばらなくちゃ。


 またそっちに会いに行きたいね、と

 旭くんと話しています。

 今度は冬かな? 今からたのしみ!

 ノロケ話をたくさん用意しておくから、

 遙真くんもたっぷり聞かせてよね。

 桃音ちゃん、それから天ぷら屋さんの

 ご夫婦にもよろしくお伝えください。


 りんごより



 ◇◇◇




  ……fin.




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