第42話 親しき仲にも?
◇
お母さんの反応は想像通り「あら、早かったのねぇ」というのん気なものだった。緊張していたらしい旭くんはまさに拍子抜けだったみたいだけど。
「だから言ったじゃん」
「りんごとお母さんって、結構似てる?」
「うーん、どうかな。まあそうかもね」
「すげーそうだと思う」
そして「はあ、よかった」と安堵の声を出して私のベッドにごろりと脱力した。
「そんなに緊張してたの?」
「……してたさ。娘をたぶらかした、とか、悪い虫が付いたとかって思われるんじゃないかって」
「ふうん……」
心配性だなぁ。絶対大丈夫なのに。お母さんの旭くんの評価はびっくりするくらいにすんごくいいんだから。
送っただけだし、もう帰るよ、と言う旭くんに「ちょっとだけ」と言って部屋に上がってもらったのには理由がある。それは見てほしいものがあったから。
見てほしいもの──それはもちろん、これ。
「旭くんにちゃんと、見せておきたいの」
言いながら取り出したのは古い大きめのおまんじゅうの箱に詰め込んだ手紙の数々だった。
差出人は、もちろんすべて遙真くん。
私たちの……十年分。
「ねえ、旭くん……?」
旭くんは一度起き上がりかけたけど、私の手元のそれが例の手紙だとわかると、どういうわけかまたごろりと寝そべってしまった。そしてぽつりと呟いた。
「……見ないよ」
「え?」
意外な反応だった。旭くんはゆっくりと起き上がってベッドに座ると、キョトンとする私にこう続けた。
「『隠し事しない』っていうのは、そういうことじゃないから」
「……というと?」
私にはまだよくわからなかった。だってこれを見せないことには、二人の間に秘密はあり続けるのに。
「『過去』は、いいよ。知らないでいるべきことだってある。それは俺のことでもそう」
「え……けどあたしは知ってほしいし、知りたいよ、旭くんの全部を」
それは好きだから。好きだからもっと知りたい。そこには旭くんを喜ばせるヒントがあるかも知れないもん。
「ねえ旭くん……それって、『親しき仲にも』ってやつ?」
それは……なんだか寂しいな。『他人』、そんな言葉が見える気がして。
「ちがう」
悲しくなった私に旭くんはそう否定をした。ちがう? なにがちがうの?
「……過去はどうでもいい。大事なのは、今だから。過去にりんごがなにしてようといいよ。俺は、今のりんごを信じてるから」
今の、私……。
「俺は、『二番手』じゃないよな」
「うん……」
私がそう答えると旭くんはにっと笑って立ち上がりながら私の手元の箱を見た。
「もし見るとしたら、遙真も桃音さんも一緒に、かな。りんごからの手紙もあわせて」
「えっ……」
それは……まず、くはないけど、あのその。
「その方が絶対盛り上がるでしょ」
「な、なんか悪趣味じゃない!?」
「なんで。見せたいんじゃなかったの?」
「ぐ……意地悪くん」
絶対誤字指摘されるもん。それだけじゃなくて言い回しとか、表現とか、便箋のセンスとか、ほかにもっ!
いろいろと思いを巡らせているとふいに抱き寄せられて「わっ」と小さく驚いた。
「ふは、そんなからかうようなことしないよ。それに見なくてもだいたい想像つく」
「な!」と反論しようとしたけど「りんご」と耳元で甘く呼ばれて私の怒りはすんと消えた。
「そんなかわいいりんごが、俺は好き」
ぎゅう、と抱きしめられて、とても照れた。心臓がドキドキ煩く鳴るし、顔が、身体がかあっと火照る。
「……またバカにしてる」
顔を伏せたまま、口を尖らせて小さくそう言った。すると旭くんは「ふ」と笑って尖らせたままの私の唇にそっとその指で触れた。
思わず「んっ」と伏せていた顔を上げるとそのまま、キスをされた──。
甘い甘いキスに、もうなにも言い返せなくなった。
旭くん。大好き。
痺れて、もう身体がとろけそうだった。
あのファーストキスを思い出すことは、それからはもうなくなった。
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