第37話 恋のアドバイス

「ともだち……」


 オレンジ色の西陽に照らされた遙真くんは、まっすぐ私を見つめ返していた。


「そう。今まで通り。だけど、新たに」


「新たに……?」


「お互いの彼氏のこと、彼女のこと、家族のこと、子どものこと、孫のことも、なんでも書いて出し合える、そんな文通相手になれないかなって」


 右手に持っていた、ひとつだけのスーパーボールの袋を差し出した。


「あたしと友達になってください。『ハルくん』」


 なんとなく、昔の呼び名で呼んだ。遙真くんはスーパーボールと私を交互に見てから、少しだけその視線を漂わせて、やがて俯き加減で「ふ」と柔らかく笑った。


「そやった。りんごちゃんって、そういう子やったな」


 独り言のようにそう呟くと、私が差し出すスーパーボールに手を伸ばしてくれた。


「一個百円もする珍しいスーパーボール、もらってもええん?」


 まさかのイジりに面食らったけど、「そ、そう。大事にしてよね!」となんとか返した。


 そして二人で「くく」と静かに笑い合った。


「また手紙書くから。たぶん今後は旭くん監修だけどね」


「ふは、そんなら漢字の間違いも減りそうやな」

「え!? そんなのあった!?」

「あるわ。まず『遙真』の『遙』はいつもかなり怪しい」

「なんてこと……」


「りんごちゃん。……会えてよかった。なんか、いろいろすっきりしたわ」


 焼きそば屋の屋台に付けられた時計の針は間もなく五時半を指そうとしていた。


「そろそろ時間やな」


「……それじゃあ友達として、あたしからひとつアドバイスしてもいい?」


「アドバイス?」


「そう。恋のアドバイス」

「え……」


 予想外だったのか遙真くんはキョトンとして私を見た。


「このあと、ある人にここに来てもらうから、その人とちゃんとお祭りを満喫すること。その人の話をちゃんと聞いて、ちゃんと大切にすること。カッコつけないで、弱い所も見せること」


「……」


「『手紙』が原因だったんなら、元に戻れるはずだよね?」


「りんごちゃん……」


「次に送ってくれる手紙に、ラブラブツーショット写真同封して。やくそくだよ」


 なおもキョトンとしたままの遙真くんに、にっこりと笑いかけて「そろそろ行くね」と手を振った。



 草かげの三人のところへ向かうと、浴衣姿がかわいい……はず、の桃音ちゃんがしゃがみこんでぐちゃぐちゃに号泣していてたじろいだ。


「え……え、大丈夫?」


 訊ねると手のひらを見せて自身の無事を知らせるとともに親指を立てて無言で賞賛してくれた。


「やるじゃんりんごちゃんんー」

 ひよりさんにも抱きしめられて褒められて「えへへ」と照れた。


「さて。じゃあ次は桃音ちゃんが頑張る番だね」


 ひよりさんに促されると桃音ちゃんは涙でぐっしょり濡らしたタオルハンカチを巾着に押し込んで赤い目のままこちらを向いた。


「りんごちゃん。私ら、親友やんね」

「……うん!」

「ありがとう。……行ってくるね」

「うん!」


 濃い赤色の帯の結ばれたその小柄な背中を三人で見送った。



 やがて焼きそば屋台の前で、二人は再会をするんだ。


「遙真……」


 見つめ合って、一瞬、時間が止まる。


「ふう……。ああ、私もやろっかな。スーパーボールすくい」


「……得意なん?」

「むっちゃ下手。……くふふ」


「ふ……なんやそれ」


 このまま覗き続けるのも悪趣味な気がして、私たちは早々に解散をした。



 ◇



「あ! わたあめほしい!」

「ええー、ベタベタんなるだろ」


「洗えばいいもーん。ね、買って買って旭くん」


「……しゃーねーな」


 田舎でもしっかり三百円するのは需要のなさを表しているのか。


「おいひーい」

「味なんかないだろ」


 まあ、りんごのこの笑顔を買ったと思えば安いもんか。


「なに! わかってないなあ、旭くん。甘くてふわふわなのが口に入れた瞬間すっととけるんだよ? この至福のひと時がたったの三百円で買えるなんて奇跡だよ」


「大袈裟だろ」


「んじゃあ分けてやんない」

「な! 俺の金で買ったのに!」

「旭くんが買いたくて買ったんでしょー?」

「はあ!? ──うぐ」


 反論のために開いた口に真っ白でベタつくを詰め込まれて喋れなくなった。


「んふふ。おーいしいっしょ?」

「んんん……激甘」

「買ってくれてありがと。ね、スーパーボールすくいしようよ」


「さっきやったんだろ」

 正直あんまり見てなかったけど。


「ちがうよ。旭くんがやるの」

「ええ? なんで俺が」


「取れたらちょーだい。宝物にするから」


 ……くそ、やられた。悩殺だ。


「一回だけな」


 照れ隠しにつんとそう返すと屋台のおっさんに百円玉を渡してポイを受け取った。


「うわお! すっごい!」


「普通だろ、このくらい」


 ざっと二十個ほどすくってポイは機能しなくなった。


「ほら。宝物」


 詰めてもらった袋をりんごに渡してやると「きれー!」「いっぱーい」などと言って子どものようにキャッキャと回りながら喜んだ。


 すると勢い余ったのか「うわあ」と言いながらよろけてこけそうになるから俺は慌ててその身体を支える。


 間一髪、転倒は免れたがその代わり……かなり少女漫画的な体勢になってしまった。


 要はりんごを姫のように抱きとめていた。


 こちらを見上げる大きな瞳、澄んだその中に俺の顔が映る。


 祭りの賑やかさが一瞬遠のいて、俺たち以外の時間が止まったような錯覚を起こした。


 相手の頬が、あかい。まるで提灯の色が映ったみたいに。


 そのままそうっと唇を重ねると、りんごはびくんと肩を揺らして、それから恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかんだ。


「私も浴衣でデートしたかったなあ」


 そんなことをボヤくから「また来年来ればいいだろ」と返すと「そうだよね!」と途端に笑顔を咲かせた。く。かわいい奴。



「焼きそば食って天ぷら屋帰ろう。そんで……明日の朝イチで東京に帰ろう」


 俺がそう言うとりんごは眺めていたスーパーボールからはっと目線を俺に移して「そうかぁ……」と寂しげに呟いた。




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