第31話 女子デート②

 駅前って言うとなんとなく栄えているイメージがあったけどそう言えばここの最寄りはあのさびれた駅だった。だから当然お店と言ってもそんな大したものはなさそう。失礼だけど。


「そこの角に、ショッピングセンターがあるんです、古いし、すんごい小さいけど」


「ふんふん、んじゃとりあえずそこ行こっか」


 同世代の女子三人でのショッピングなんて久々で長い時間があっという間に過ぎた。「うはは、服屋さんすっくな!」と明るく辛辣なひよりさんに苦笑いしたり、意外と美味しいジュース屋さんでいろんな味を三人で交換し合ったり、とにかく楽しくて楽しくてたくさん笑って、たくさん喋ってたくさんはしゃいだ。


「……で? りんごちゃん、昨日あの後クズとはちゃんとやり直せたの?」


「あ……はい」


 思わず頬を赤くしてしまった。


 私の反応を見てひよりさんは「ははーん?」とにやりとし、桃音ちゃんは「ひゃ」と顔を両手で覆った。もう、やめてってば。


「はああ、えーなあー……」


 ため息混じりに言うのは桃音ちゃん。ああ、そっか、そうだよね。私ってば、なんて無神経なの。恥ずかしい。つい浮かれてしまった。


「まあまあ、桃音ちゃんも遙真とキスくらいはしたことあるでしょ?」


「え……」


 ひよりさんの質問に桃音ちゃんは固まった。……え。それは、つまり?


「ん?」

「んん……」


 黙って俯く。これは……。ひよりさん、これは。


「はんはん、なる、ほど。……なら今回のお祭り大作戦の目標はそれだね。『遙真の唇』」


「っちょ! ひよりさんっ、直球すぎですよぉ、く、『唇』てっ!」


 慌てて頬を真っ赤にする桃音ちゃんはとっても可愛くて、悪いとは思いつつ笑ってしまった。


「大丈夫。桃音ちゃん可愛いもん」


「ひよりさんん……」


 今夜また作戦練ろ? と微笑んでその肩を抱くひよりさんは本当に頼もしいお姉さんに見えた。「で、りんごちゃん」


「は、はい」


 すっかり油断していた私はそんなひよりさんから突然呼ばれてびくんと肩を揺らした。


「旭がいないうちに、明日の段取りを話しておきたいの」


 大きな瞳が私をとらえた。


「……段取り」

「そう。遙真を呼び出す段取り、ね」


 どきん、と心臓が鳴った。




 先程百円ショップで購入したばかりのレターセットを開封して便箋を一枚取り出した。


 同じく百円ショップで購入したペンでその一行目に文字を書く。


『遙真くんへ』


 何年も書いてきたこの宛名。今、ショッピングセンターのフードコートでひよりさんと桃音ちゃんに見守られながら、少し緊張して続きを書きだす。


『直接会って話したいことがあります。明日の午後5時に、神社の石段のところで待ってます』


「……来ますかね、遙真」


 心配そうに訊ねるのは桃音ちゃん。私も不安。


「来るよ。あとはこっちが『ひとり』ってことと、『明後日の朝には東京に帰る』ってことを書けば、きっと来る」


 言われて頷いて、その旨を書き足した。


 三人で二、三度読み返してから頷き合って、便箋を折りたたむとセットの封筒に入れて付属のシールで封をした。


 宛先の欄に住所は書かず、『遙真くんへ』とだけ書いた。差出人の欄には『りんごより』と記す。


「よし。これをこれから、遙真ん家に投げ込む、と」


 ひよりさんは呟くようにそう言うと、「あとのことは帰り道で話すね」と椅子から立ち上がった。



「それで……どうするんですか、遙真が来てからは」


 車中、私よりも桃音ちゃんの方がグイグイと訊ねていた。そりゃ気になるよね、上手くいくのか、心配だもんね……。


 ひよりさんは「うーん」と言いながらハンドルを握る。


「遙真がどう出るかにもよるけど」


 ミラー越しにひよりさんと私の目が合う。そして「あてになるかわかんないけど」と前置きをして「旭はいつでも出ていけるようにスタンバイさせとくから」と続けた。


「りんごちゃん」


「はい……」


「大丈夫だよね?」


 えっ、ひよりさん、それは……。


「ごめん。この期に及んで疑うのはよくないけど、でもここでりんごちゃんにしっかりして貰えないと完全に作戦は破綻だもん」


 言う意味は、よくわかる。ちらりと隣の桃音ちゃんを見ると、すがるような潤んだ瞳と目が合って慌てて逸らせた。


「遙真になに言われても、されても、揺れないって約束してくれる?」


「……」


「引っぱたくくらいの気持ちで臨んでほしいの」


「ひっぱたく……」


「桃音ちゃんのために。りんごちゃん自身のために。それから……たぶん遙真のためにも」


 ひよりさんは言ってどこか勇ましく微笑むと、桃音ちゃんに「だよね?」と目配せをした。


「……お願いします、りんごちゃん」


 桃音ちゃんはそう言って私に頭を下げた。


「も、もちろん、だよ。……信じてください」


 慌ててそう返して、私も頭を下げた。



 車は何度かスリルのある運転をしながらも、無事に遙真くんの家の近くまでたどり着いた。停車すると無意識に入っていた全身の力がふっと抜けるのを感じる。く、車ってそういう乗り物だったっけ。もしかしたら明日は変なところが筋肉痛になるかもしれない。あはは……。


「じゃ、りんごちゃん」


 ひよりさんに促されて、桃音ちゃんとも一瞬目を合わせてから小さく頷いて車を降りた。手にはさっき書いた例の手紙。


『郵便受けじゃ気付かれないかもしれないから、玄関の戸に挟んで来て』


 ひよりさんの指示を忠実に守って無事に手紙を塩田家の玄関に残してきた。なんだかやたらと心臓がドキドキした。まるで泥棒やスパイになった気分。


 これで、準備はオッケー。遙真くん、来てくれるかな。まずはどうか手紙がちゃんと、彼の元へ届きますように。東の空に見え始めたばかりの星に祈った。




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