第4章
第30話 女子デート①
翌朝早くからひよりと桃音さんは揃って天ぷら屋に訪れた。
「おはよーりんごちゃん! 今日は友情デーってことで駅前のお店まで三人でお出掛けね」
「おはようございます、っえ? 駅前、ですか?」
「そう。まあ見てわかるけどここってなーんにもないんだって! あっははは! だから駅前まで出ないとなーんにも出来ないんだって!」
ここまで明るいと地元民もバカにされているように感じないのか桃音さんも一緒に笑っていて俺はちょっと引いた。
「へえ……そうなんですね」
りんごも苦笑いだ。
「うん。じゃ、車乗って」
まあそうだろうとは思ったがひよりは俺の存在を当たり前のように無視してりんごの手を取った。「おい待て」
「なに。女子のデートに男は不要」
「置いていかれても困るって昨日言っただろ」
その長時間ひとりで一体なにをすればいいんだ俺は。
「はあん? なに甘えてんの?」
「あ、甘えてなんかねーわ! ……わかったよ、どうせ行く意味もないしいいよ」
少し拗ねて言うとひよりは「ふふん」と笑った。く、なんなんだ。
「そんならここのお店手伝ったら? 今日一日だけ」
思いもしないことを言い出すのは桃音さんだった。なんか悪意を感じるのは気のせいか。
「ああ、それいいー! タダで泊めて貰ったお礼! 人として当然! りんごちゃんの分まで、しーっかりやんな!」
ひよりに勢いよく肩を叩かれて脱臼したかと思った。まったくいちいち鬱陶しい。
そんなわけでうるさい女子たちは俺を残してちゃっかり天ぷら屋の奥さんに「こいつ好きに使ってください」などと述べてからデートとやらに出発した。もちろんひよりの運転で……。事故が起こらないことをただただ祈ろう。
思いもしない求職者の出現に奥さんは少し戸惑いつつも「ははん」と憐れみも含んだ笑いをしてから「なら遠慮なく……そうさして貰おかな」とこちらを見ながら不敵に笑った。
「オ、オネガイシマス……」
なんか……女性恐怖症になりそうだ。
◇
「ひよりさん、気ぃつけてくださいね、この辺の道って急に動物とか飛び出してくるし」
「ええー、あたし実は運転ってあんま得意じゃないんだよねぇ」
「え……ってほら前っ! ヘビ!」
「ぅぎゃあっ! ヘービ!?」
蛇行、ってこっちがヘビの動き!? っていうか車ってそんな動きができるんだ!? なんてのん気なこと思う余裕はなく後部座席の桃音さんと私は左右にめちゃくちゃに揺さぶられて恐怖で思わず抱きあった。
「う……はは、ごめんねー」
「し……死ぬかち思いました」
「だ、大丈夫、です、なんとか」
昨日の夜に、旭くんからお姉さん、ひよりさんのことは少しだけ聞いていた。
『ガサツなギャル』
身内にしても酷い言いような気がしたけど「ほんと、すぐわかると思うから」と旭くんは苦い表情をしていた。
ガサツ……うーん、なんとも言えないけど、それでも他人思いで温かくて、お茶目で可愛らしい人。私はこのひよりさんのこと、嫌いじゃないけどな? たしかに旭くんとは全然似てないけど。
「りんごちゃんは旭と同じ部活だったんだよね? それで知り合ったって聞いてるけど」
そんなことを考えていたらふいに訊ねられて慌てた。「え、あ、はい!」
「私と遙真もそれです。しかもおんなじサッカー部」
「へえ、桃音ちゃんもマネージャー?」
「そうです。でも遙真がケガして抜けてからは……自分だけ続けてええんか、わからんなってしまって……」
そうだよね、実際遙真くんも「桃音見てると部活思い出して辛い」なんてこと言ってたし、そんなこと言われたら私だったらどうするだろう……。
ひよりさんはハンドルを握って前方を見つめながら「まあねぇ」と呟くように返して「でもさ」と続けた。
「一緒に辞めるのも、違うんじゃない?」
「まあ……そうですねぇ」
「りんごちゃんならどうする?
マネージャーを辞めてしまったことは、桃音さんの手前言わないでおくことにした。それに……夏休みが終わったら、マネージャーに戻ろうと思っていたから。シュークリーム屋さんのバイトは楽しかったし、お小遣いが増えるのはそりゃ嬉しいけど……でもそれよりもやっぱり旭くんのそばにいなきゃ、と思ったんだ。
「どう……かな。でも辛いです、よね、桃音さん……」
「ねえ、それやめよう」「え?」
ひよりさんに突然言われてなんのことかわからず訊ねた。するとひよりさんは「その呼び方」とルームミラー越しに私を見た。
「『桃音ちゃん』『りんごちゃん』でいいでしょ? まだダメ?」
「……ああ、ええと」
急に照れてしまってそっと隣の桃音さんの方を見た。桃音さんも少し照れた様子で「まあ……そやんね」とはにかんだ。
「じゃあ、これを機に『りんごちゃん』と『桃音ちゃん』にしよ。けど」
そこまで言うと桃音……ちゃん、は、少し表情を強ばらせてこう続けた。
「ほんまに……遙真のこと、好きやない?」
「えっ……」
「ちょっと桃音ちゃん」
ひよりさんは呆れた風に声を掛けたけど私は内心どきりとしてしまった。
「ごめんなさい。けどはっきりさせときたいんです。そこがはっきりせんと、友達にはなれんもん」
「でも昨日りんごちゃん言ってたじゃん、『遙真くんと桃音ちゃんを復縁させるために来た』って」
「けど旭くんには『二人とも好き』ちて言うてたやないですか。それで二人は……」
そこまで言うと二人の視線が私に集まった。
「「真相は……?」」
「あたしは……」
「じゃあさ」
遮ったのはひよりさんだった。またミラー越しにちらりと私を見ると、にっこりと微笑んだ。
「ちゃんと振ろう。遙真くんを。明日のお祭りで」
「……えっ」
「大丈夫。遙真くんには桃音ちゃんがいるから」
たしかに、その通り。
「その代わり、旭にはりんごちゃんしかいないってこと、ちゃんとわかってね」
キョトンとして見つめると、ひよりさんは前を向いて続けた。
「あいつバカだから、まだ強がって平気なフリしてるけど、あれはりんごちゃんがいないとダメんなるよ。今よりもっと、ほんとにダメんなる。わかるよ、見てれば」
ひよりさんは「だから旭のこと、よろしくね」とまた微笑んだ。そして「桃音ちゃんも、それならいいでしょ?」と訊ねた。
「……はい」
「それに振られて傷ついたところは、最高の狙い目だからねぇ」
もやもやしていたのがなんだか妙にすっきりした。それはたぶん、「遙真くんには桃音ちゃんがいる」という言葉のおかげなんだ。
そして、「旭くんには私しかいない」。そう、なのかな。なんだか、くすぐったい。
「はいじゃあ、仲良しになろ? 桃音ちゃん、りんごちゃん。ん。そういえば二人ともフルーツちゃんだ。あはは、いいコンビになれるよ、きっと」
促されて、照れながらゆっくりと向き合った。すると桃音ちゃんも照れた様子でゆっくりとその手をこちらに差し出した。
「っちうか、いきなり疑ってごめんなさい。話もちゃんと聞かんと」
「や……あたしこそ、その、よく考えず行動していきなり東京から来ちゃって、本当にごめんなさい、『桃音、ちゃん』」
謝り合って、そしてどちらからともなく微笑み合って、その手を握った。照れた顔で笑い合ったところで、ガックン! と車が揺れる。ひええっ。
「危ないなー、もおぅっ! ……ああ、赤信号か」
「ひ、ひよりさん……」
少し青ざめながらまた笑い合った。
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