第29話 投げやり感謝
「……ダブルデート」
頷きながら復唱するのは桃音さんだ。すっかりひよりの舎弟だな。しかし『ダブルデート』。意味はわかるけど今どきそんなのあるのか? 恐ろしく久々にその言葉を聞いた気がする。
「まずりんごちゃんが遙真くんを誘うの」
「えっ、あたしがですか!?」
りんごは驚くとともに少し複雑な表情をした。たしかに気まずいだろうな。
「これが重要なのよ。嫌かもしれないけど、エサになってくれない? りんごちゃんにしか遙真をお祭りに引っ張り出せないと思うんだよねぇ」
エサ……。でもたしかに。桃音さんと遙真のさっきのやりとりを聞いた感じでは、たぶん桃音さんでは遙真を祭りになんて連れ出せない。面識がほぼない上、関係が微妙な俺が誘うのも無理だし、それならりんごがひと言「話がある」と言えばたぶん遙真は動く。
「旭くん、……嫌じゃない?」
ふいに話を振られて驚いた。「いや……」と答えかけると「
「いいよ。りんごにしか出来ないことだから」
ひよりの制止を振り切って俺がそう言うと「ほーう?」と女王のようににんまり見下ろされてまた不快だった。
「それで私は、どうしたらいいですか」
舎弟、桃音さんが訊ねる。
「うん。桃音ちゃんは、りんごちゃんと仲良くしてほしいんだよね。お芝居じゃなくて、ガチで。そこも重要ポイント」
「えっ……なんでですか」
少しバツが悪そうな反応をした。そういや東京に帰れと泣かれた、だとかりんごから聞いたんだった。そもそも
「桃音ちゃんと遙真くんがそもそもケンカした理由、りんごちゃんとの文通がわかったからなんでしょ? だからよ」
「え……?」桃音さんはまだわからないようだった。
「桃音ちゃんとりんごちゃんが仲良くなったとなれば、矢印が全部いい方向に向くってこと。つまり、りんごちゃんはそこの
うん、まあたしかに、『疑惑』と『嫉妬』の矢印が完全に消える、ってわけな。
「お互いのため。ね? ある意味で『同盟』みたいなもんよ。よくあるじゃん? 漫画とかでも」
ひよりはりんごと桃音さんを交互に見つめてにっこりと微笑んだ。ひよりの言う『漫画』をりんごや桃音さんが知っているとは思えないが話の主軸には関係ないのでまあいい。
しかしなんだろうな、
「じゃあそれぞれ決行日の明後日までの課題を言うね」
言いながらギラリと派手に光る爪の人差し指を突き立ててひよりは続けた。
「まずりんごちゃん。遙真くんとの接触は危険かもしれないから一切禁止。その分そこの
「……は、はい」
「うん。で、桃音ちゃんは、私が恋愛についてあれこれ指導してあげるから大丈夫」
大丈夫……なのかそれは。当の本人は「はいっ!」と嬉しそうにしているからまあ……いいっちゃいいのか。
「友情育むためにもりんごちゃんとも出掛けようよ。
「ここに残されても困るんだけど」
「だまれクズ」そろそろ扱いを戻してくれ。
「そんで
ビシッとギラギラネイルの人差し指を向けられた。
悔しいが、わからなくもない。ひよりの作戦のあれこれを聞いてこれまでの俺の行動全てがいかに的外れだったかを痛感していたからだ。
「りんごちゃんのこと、好きなんでしょ?」
おい待て。本人を目の前にして、なにを言わせる気だ。黙っていると「しゃべれ」とさっきまでと真逆の命令をされた。ったく。仕方なく口を開く。
「……好きだよ」
「誰にも渡したくないんでしょ?」
また答えづらいことを……。
「遙真くんに、取られたくないんでしょ? ねえ、どーなの!?」
ああもう。
「そーだよっ」
「ならあんたはどーすんの」
「……ええ?」
突然質問を投げられて参った。どう、って、それは……。
「自分に嘘つくな。素直になれ。自信持て。りんごちゃんにはあんたしかいないんだよ!? 繋ごうとしてくれてる手を、振り払わないでよ! そんなの誰のためにもなんないわ! バーカ! ハゲ! ジジイ! カタブツ!」
「……」
反論は、出なかった。最後の方ちょっと出かかったけど。
「はあ、スッキリした!」
清々しい表現で言うのはもちろんひよりだ。ここぞとばかりにストレスを発散するのは本当にやめてほしい。
りんごの反応が気になって、遠慮めに隣に座るその顔を見ると、瞳を濡らして「ふふ」と笑った。なるほど。『言う通り』なんだな。
その後は解散となった。俺はひよりの猛プッシュもあってりんごと同じ天ぷら屋に厄介になることになった。「同じ部屋で寝んのよ」と耳元で囁かれて「だまれ」と振り払った。
そんなひよりは「車中泊するしいいよ」という女性らしからぬ発言をしたところ「うちに泊まってください! ぜひ!」という桃音さんからのラブコールに「え、いいの?」とはじめから期待してただろ、と思わせるような二つ返事で答えた。「下宿中のお兄の部屋、空いてますし、うちの家族そういう急な来客とか基本的に大歓迎なんで絶対大丈夫ですっ」と胸を張った。
「へえ、お兄さんいくつ?」
「21です、今年」
「やだ一個違いだ、どこに下宿? 大学?」
「東京です、大学生で」
「わー、いいじゃんん! 紹介してもらっちゃおうかな」
早速俺とりんごを置いて盛り上がり始めたので「じゃ、ここで」と天ぷら屋の前で降車した。
りんごと、二人きりになった。
「急に静かになった」
「……ふふ、そだね」
不思議と気まずさはなくなっていた。その理由は認めたくはないけど、ああ、もう、わかってるよ、……感謝するよ、ひよりに。
「りんご」
「……ん?」
「ごめん。俺が間違ってた」
「……?」
「もう、別れようとか言わない。一緒に悩むし、一緒に考えたい。だから……ずっと、一緒にいよう」
ぱあっと咲いた笑顔と一緒に零れた涙を、拭うついでに、そっとキスをした。
「……大好き。旭くん」
もう絶対に手を離したりはしない。そう深く誓った。
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