第28話 ひよりの作戦


「ふーん。なるほどね。つまりりんごちゃんは、この桃音ちゃんと、遙真くん、だっけ? を、復縁させたくて、ここに来たってことね?」


「……はい」


 ひよりはうんうん、と頷いて、「だからそこのクズと別れるつもりは最初からない、んだよね?」と訊ねる。


 『クズ』という言葉に少し目を泳がせながらもりんごは「はい」とまた答えた。


「そのこともちろんクズには伝えてたんだよね?」


「……はい」


 りんごはちらりと俺を見る。こちらはバツが悪くて目を逸らせた。


「……はあ、なのになんでかこのクズが何度も振ろうとしてくるわけね」


「……えっと」


 肯定も否定も出来ず困惑しているらしかった。そりゃそうだろ、いきなり俺のことを『クズ』呼ばわりし続けるおまえはまず誰だよ、って話だからな。


「……あの、もしかして、その、……旭くんの、お姉さん、ですか?」


「うん、そうなの。そこの悲しいクズ野郎の姉ってわけ。よろしくね。それからこっちの桃音ちゃんの友達でもあるの。りんごちゃん、話は全部聞いてるよ。だからもう大丈夫だからね」


 なにが大丈夫だというのか全くわからない。ちなみにこれだけ罵られながら俺がここまでひと言も喋らずにいるのはさっきりんごに声を掛ける直前に「おまえは絶対なにもしゃべるな」とひよりに釘を刺されたからだ。まああまりに酷い状況ならもちろん黙っているつもりはないが。


「りんごちゃんは、遙真くんを傷つけたくないんだよね? で、その文通は、これからも続けたい? それとも、もうやめたい?」


「……うーん、……わかんないです」


「わかんない、か。まあそうね。それが災いして今こんなことになっちゃったわけだしね。けどあっさりやめれるものでもない、か。……だからつまりさ、お互いの近況を応援し合うだけのものになれば万事オーケーってことじゃない?」


「『応援し合う』……ち言うんは、どういうんですか?」桃音さんが訊ねる。


「うーん、年賀状みたいな感じ? 進学しました! とか結婚しました! とか子ども生まれました! とかさ。将来的には家族ぐるみで付き合える仲っていうかね、そんなイメージ」


「私らが……ですか?」


 じろり、と俺の方を睨んだ。なんて目だ。桃音さんにはすっかり嫌われたらしい。


「ああ、嫌なら無理しなくていいんだけどね。あっはは!」


 ひよりに言われて否定はせずに一緒に「あっはは!」と笑う。この落ちきった好感度はどうやっても挽回できなさそうだ。べつにもういいけど。


「ね、りんごちゃん。遙真くんとそういう仲になるの、理想的じゃない?」


 りんごは少し考えて「うん、そうですね。理想かも」と頷いた。だけど表情を曇らせて「でもそんなこと、……出来るかな」と不安げに呟くと、「それに……」とこちらをちらりと見た。


クズのことは今はいいから」


 察したひよりに言われて「えっ」と驚いてから苦く笑った。


「簡単だよ。この桃音ちゃんと遙真が復縁してラブラブになればそれで解決! でしょ? ちがう?」


 簡単、と言うがそれは「言うのは」ということだ。肝心の遙真は桃音さんのことはもうすっかり過去にしようとしているというのに。


「どうやるんですか?」


 訊ねる桃音さんも不安げだった。たしかにさっきあれだけ盛大に振られていた身からすれば当然だ。


「とりあえずりんごちゃんはそのクズとラブラブに戻ってくれる? そしたら桃音ちゃんもいろいろ遙真くんに仕掛けやすいし」


「えっ」

 当然の反応だ。そもそもさっきの俺とりんごのやりとりを生中継で聴いていた奴の発言とは思えない。


「さっき、遙真くんの家から強奪されたじゃない? それで結構相手にはダメージっていうか、『ああ、りんごちゃんはあのクズのもんなのか』って少しは理解してくれたと思うんだよね」


「遙真には『クズ』と思われてねーわ」


 たまらず反論すると舌打ちと睨みが撃ち込まれて「しゃべんな」と一喝された。どんな扱いだよ、まったく。ため息をついて窓を睨む。


「それで、できればもっとこの二人がラブラブなところを遙真くんにガツンと伝えたいんだよね、なんかいい方法ないかなぁ」


「それならお祭りがありますよ、そこの神社の納涼祭。この週末やけど」


「おお、名案じゃあーん! さっすが桃音ちゃん!」


 勝手に盛り上がる前方の二人にりんごが慌てて言った。


「えっ週末!? あ、あたしそんなに長くは居れないですよっ」


「ええーっ」


 無茶だろ、ただでさえ嘘を言ってこの地に来ているというのに。日数を延ばせばばれる確率もぐっと上がるだろうし、もしばれたらかなりの大事おおごとだ。


「うーん、なんとか出来ないかな、ほら例えばー、『春間家うちの家族旅行に参加することになった』とか!」


「家族旅行なんか行ったことないだろ」

「しゃべんなクズ


 そのくらいつっこませろ。


「どうだろう……もともと『友達とキャンプ』って嘘ついて来ちゃったんで」


「ああならちょうどいいじゃん! キャンプ中に家族旅行の話になって、キャンプついでに一緒に行くことになった! それで筋書きオッケーでしょ!」


 ひよりの輝く笑顔にりんごは苦笑いをしていた。なんつー強引な話だ。ああ、ほんと、ごめん、こんな姉がいて。


「どうせゆくゆく家族になるんだから。練習よ、練習。ね?」


 得意なのかなんなのか知らんがそのキモいウインクをりんごにまで飛ばすのはやめてほしい。本当に。


 りんごはくすりと笑って「ありがとうございます」と言わなくていいお礼を言った。少し頬が赤くて、……あれ、こんな可愛い表情、久しぶりに見た気がした。


「じゃあ『週末お祭り大作戦』ってわけね」


 仕切り直してひよりは手をポンと打った。どストレートにも程があるネーミングは置いておくとして、一体どんな内容なのか。


「そのお祭りで、自然に、ナチュラルにダブルデートになるように仕掛けるってわけよ」



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