第27話 あんたはクビ

 足も身体も重かった。いや一番重いのはたぶん気持ちだ。だいたいなんて言って来てもらえばいいんだ、そもそもどう声を掛ければいいんだ。ついさっきあんなことを言ってしまった相手に……。


 意を決してふすまを開けた。まったく今日はこのシチュエーションばっかりだ。だけど今回ばかりはさっきの状況とは違う。情けないけど勇気がなくて、顔を伏せたまま控えめに呼んだ。「……りんご」


 返事はなく、物音もしなかった。え……どういうことだ? そっと顔を上げてみた。するとその部屋のどこにも、りんごの姿はなかった。


「え……」


 慌てて部屋を出て階段を降りて見ると下駄箱にもその靴はない。ちょうど見つけた天ぷら屋の奥さんに声を掛けた。「あ……あの、りんご知りません?」


 奥さんはキョトンとして「はあ? さっき二人で出掛けたんと違った?」と答えた。まさか。


「彼氏さんが出たすぐあとに、りんごちゃんも追いかけよったもん、一緒に行ったやとばっかり……」


 返事やお礼を言う余裕もなく、会釈だけして天ぷら屋を飛び出した。りんご、どこだ!?


 待ち受けていたひよりにひと言「りんごがいなくなった」とだけ伝えて俺は走り出した。たぶん車で拉致されていた間に行き違えたんだ。


 りんご。

 りんご。


 やっぱり俺が悪かったのか? ひよりの言うように、俺がもっと強引にりんごの手を引けていれば、「もう遙真に会うな」と言えていれば、こんなことにはならなかったのか?


 だけどそれで、りんごは本当に幸せなのか?


 だってりんごは……遙真のことも好きなのに。


 真昼の炎天下、全力で走ったせいで全身から汗が噴き出し流れ落ちる。部活で鍛えているとはいえ、これはキツい。つーかこんな中にりんごはいるのか? 息が上がって、やかましくなり響く蝉の鳴き声にだんだんと気が遠くなった。


「りんご……」


 救うために、手を離そうと思った。だけどそれは、正しくないと叱られた。たしかにりんごは救われた顔をしていなかった。


 ……なら俺は、どうしたらよかったんだ?


 後ろからクラクションの音が聴こえたのはその時だった。


「あんたってさー、変なとこで熱血っていうか、無鉄砲だよね。こーんな暑い中、土地勘もないのに走って探そうなんて自殺行為でしょ、やっぱバカ」


「うるせえよ」

「早く乗んな」


 悔しいが間違いはひとつもないのでまた渋々後部座席に乗り込んだ。ああ、暑い中いろいろ考えすぎてだんだんと思考が回らなくなってきた。


 ほどなくして「ねえ、あれじゃない?」とひよりの声が聴こえて運転席と助手席の間からフロントガラスに向かって身を乗り出して目を凝らした。「りんごだ」


「停めて」と頼んだが「あんたはクビ」と親指を地に向けられて車はそのままとぼとぼ歩くりんごに近寄った。


「りんごちゃん?」


 まるでナンパだ。りんごは驚いて立ち止まると不審がりながらも「はい」と答えた。そして助手席の桃音さんと、それと後部座席の俺に気づくと「え!? なんで!?」と大声で叫んだ。






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