第25話 強奪大作戦
◇
「とにかくすぐに戻れ。そんでりんごちゃん強奪しておいで」
「……は!? 無茶言うなよ」
「忘れ物した、とか! なんとでも言えるでしょうが」
「言えるかよ、そんな見え透いた嘘!」
「嘘じゃないでしょ。忘れてんじゃん! りんごちゃんを!」
「……はあ?」
「とにかく! 早く! 状況は一刻を争うんだからっ!」
そんなわけで、俺はまたこの家の前にいる。情けないが呼び鈴になかなか手を伸ばせずに……二分ほどの時が経過していた。と、電話が鳴った。相手はやはり『なにもたもたしてんのバカなの?』ひよりだ。
「うっさい」
短く返してすぐに切る。ったく一体どっから見てるんだ、少し辺りを見回したが諦めて仕方なく呼び鈴ボタンを押した。
改めて見ると灰黒く輝く瓦屋根が立派なそこそこデカめの日本家屋。金持ちなのか、古くからの住人なのか、わからんがなんとなく勝てる気は更になくなった。
『はあい』
インターホンからお母さんらしい人の声が聴こえた。
「ああっと、さっきまでお邪魔してたもんなんですけど、その、忘れ物したみたいで」
言うと相手は『あらまあ』と応えてほどなくして玄関を開けてくれた。
「すいません」
ぺこりと頭を下げて、靴を脱いだ。廊下を進んで、例の部屋の前に立つ。深呼吸をひとつ。するとなんでこんなに、というほど脈が早くなって手足が冷えて湿っているのに気が付いた。はあ、まったく情けない。
意を決して、ふすまを開く。部屋は窓から射す陽の光で眩しく、暗い廊下から見ると一瞬目が眩んだ。
「あれ、旭くん……?」
よかった。まさか抱き合ってたりしてたら、俺はどうなっていたかわからなかった。ここまでの緊張は全部そのせいだった、ということがここでわかった。バカみたいだな、俺は本当に。
「ごめん。……忘れ物、して」
悔しいが口実はそれしかなかった。
「りんご、ちょっとこっち来て」
不思議そうに立ち上がってこちらに来たりんごの手をその瞬間ぐい、と握って、驚く声も無視して「ごめん!」ととにかく遙真に声を掛けながら玄関に向かって走った。自分の靴を履いて、そのままりんごの靴を持つと驚くりんごを担いで俺は全力でその家を飛び出した。
すぐの角を曲がると見慣れた車があったが、構わずその横を通り過ぎる。車内で女子二人が盛大にガッツポーズをするのが見えたがそれも無視だ。とにかく走って、走って、息を切らせてなんとか天ぷら屋まで戻った。
「旭くん、……ねえってば!」
りんごは俺に抱えられつつ困惑しながらずっとそう言っていた。
──『強奪したらとにかく走る! お姫様抱っこでもして一直線に走れば誠意も熱意も伝わんだから!』
ひよりのわけのわからない指示を的確にこなしてしまった自分に憤りつつも、とにかく天ぷら屋ののれんをくぐると驚く奥さんに会釈をして近くの空席にりんごを降ろした。
「……はあ、……はあ、……ごめん、……」
言えることはそれしかなかった。何に対しての謝罪か、そんなことまでは考えていなかった。
「……ど、どうしたの? 旭くん」
「……二階で、話そう」
まだ状況がよくわからずにいるりんごに息を整えながらそう言って、二人で階段を登った。
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