第23話 ひよりと桃音

 ◇



 ──『本命? ……聞いて呆れる』


 言ってる自分に、いちばん呆れる。


 このまま、どこかに消えてなくなりたい心境だった。


 外は先程よりも陽射しが一層強く、蝉がうるさい。蜃気楼すら立って、気も遠くなる。……だから本当に目の前のは幻だろうと思った。


 田んぼの脇の小道、端に停まっているその車が、ひよりのものに見えてしまうんだが。


「なんで……」


 何度も瞬きをして、なんなら目をこすったりもしたが、それはやはり、実在していた。


「ありゃ、泣いてら。もう決着? 早くない?」


「泣いてねーし、汗だわ。つーかなんでまだ……え」


 ひよりの向こうの、助手席に見たことない女の子が乗っていた。



「うっははは! さいってー! ひゃっはは、あんたマジ、ウケる、ほんと最低、我が弟ながら、ほんっとなんでそんなバカなの? ウケるわ、ウケすぎる」


 後部座席にて殺意が芽生えたが助手席に目撃者がいるので殺害は自粛した。ちっ。


「……俺が悪いのかよ」


「はあ? そんなこともわかんないの?」


 くそ。いちいち腹立つ。


「じゃあどうすりゃよかったんだよ」


「バーカ。女の子はね、好きな人に強引にされたら、それだけでイチコロなのよ」


「……はあ?」


「あんたさえりんごちゃんに『男』を見せられたら、ことは全部丸く収まったって言ってんの! それをうだうだ言ってぐざぐざねちねち、わけわからん絡まりにしてんのあんたが! そしたらこのだってこれ以上泣かずに済むのにっ!」


「な……え!? 『桃音ちゃん』!?」


 そういえばさっきからずっとこちらになにか言いたげだったのをひよりに制されていた。


「ほんに……ひよりさんの言う通り。旭くん、あんた……ほんまなにしてくれとるんですかっ!? ほんに、アホでしょ!? なんでりんごちゃんと遙真を二人きりに!? 彼氏なんよね!? わざわざ駆けつけたんよね!? やのにどーいう神経しよるん!? 考えれんっ!」


 う、おお……初対面だよな? え?


「ま、待って。そもそも、なんで遙真の元カノがここに?」


 状況を整理させてくれ。


「……ああなんかそこの道端で、しゃがんで泣いてたの。ちょっと様子見てたんだけどね、全然泣き止まないし、この暑さでしょ? さすがに、死んじゃうよね、と思ってさ、声掛けたってわけ」


「ひよりはそもそもなんでこんなとこにいたんだよ」べつにどうでもいいけどさ。


「なに。私がどこでなにしようと関係ないでしょ?」


「早く帰れよ。父さんと母さん心配するだろ」


「はー、あんった最近お父さんに似てきたよねえ。気をつけな、ろくな人生になんないよ?」


「……余計なお世話だ」


「それより私ね、この桃音ちゃんのこと全力サポートすることにしたから。だからまあそのオマケであんたには絶対りんごちゃんと仲直りしてもらわなきゃいけなくなったってわけ」


「え……はあ?」



 ◇



 旭くんが出ていってしまって、遙真くんと二人きりになった。


 当然さっきより気まずくなって、なにを話せばいいのかわからなくなって黙ってしまった。


「ごめんな、ほんまに……」


 ぽつり、言うのは遙真くんだった。


「ううん、はっきり出来なかった、あたしが悪いから」


 そう。そうだよ。遙真くんを傷つけるのを恐れて、私は旭くんを不安にさせてしまった。そのせいで結局旭くんを……傷つけてしまったんだ。


 ──『俺と遙真、どっちも好きだろ』


 気づかないようにしていた。見ないように、考えないようにしていた。だけどそれを、いちばん知られたくない人に言い当てられてしまった。


 遙真くんのことが好き


 私は自分で、自分がわからなくなってしまった。


 ──『遙真を目の前にしたら、りんごはこうなると思ってた』


 その通り。やっぱ最低だよ。私。


「俺たちって……なんなんやろな」


「え……」


 遙真くんの声で自己嫌悪の沼から出てこられた。だけどそれは、私にもわからない。


「友達……、とはちゃう……かな?」


「じゃあ……なに?」


「いや……」


 遙真くんは困った様子で黙ってしまった。友達に限りなく近く、だけど普通のそれとは違う。だからといって恋人ではもちろんない。会うのだって十年振りなんだから。


「そこをちゃんと『友達』にできれば、これからも仲良くできるんかな」


 遙真くんは私の方は見ずに、床の畳をじっと見ていた。


「でも……桃音さんも、旭くんも、きっと嫌がるよ」


「……じゃあ、……もう、終わる?」


 会うのも、手紙も、友情も、……思い出も? キスの度に蘇る、あの思い出も。なかったことに、できる?


 ……できないよ。それを、私も遙真くんも、わかっている。わかっているからこんなにも苦しいんだ。


「……りんごちゃん」


「……ん」


「もし俺が……『好き』ち言うたら、困るよな?」


「え……」


 その質問は、反則では……?


「ごめん、ごめん、うそ。言うたらあかんな、そういう軽はずみなことを。でも昔好きやったんは、それはほんま。幼稚園の頃の話やけど」


 蘇るのは、あのファーストキス。遙真くんも、それを思い出していたりするかな。


「でも今は、やっぱりちがうよって。来てもらったんは、素直に嬉しかった。けど、……なんやろな、好きやから、とはちがって、……ごめん、やっぱ……上手くまとまらん」


 ふすまが開かれたのは、そんなタイミングだった。










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