第3章

第21話 『ひどいヤツ』になりたい


「はあ!? なん言うてるんや、桃音」


「だあからっ! よ、ここに居たらダメなんってば」


「だからなんでじゃ、意味がわからん!」


「なんでも! ええからほら早よ、行こ行こ、遙真」


「行こ、ておまえ無茶言うなや、こんな足でどこに行けるかち言うんじゃ」


「どこでもええ! とにかく家にいたらダメなんよって! 早うせんと『あの子』が来てまう、……ええから! 立って! おんぶくらい私するし!」


「はあ? 『あの子』ち、誰や? ……ちょ、やーめろやめろ桃音、ちうかおまえにおんぶなん無理じゃわ、そんなほっそい腕で。そもそも理由をちゃんと言わんかい! わけもわからんと出掛けたない!」


「……もおうっ、遙真のわからず屋っ!」


「なんなんじゃ、久々に来たち思うたらいきなりこんなん」


「……んん、……なあ遙真」


「なに」


「……私らヨリ、戻さん?」


「は……なんでまた、いきなりそんな話になるん」


「……まだ、好きやし」


「……『もう好きやない』ち、前は聞いたけど」


「あれは、……勢いち言うか、……つい言うてしもただけやし」


「桃音が好きなんは、部活で輝きよる俺じゃろ」


「ちゃうよ!」


「……えーよ、もう帰って」

「待ってよ、遙真」

「聞いたで。杉本先輩から告られよったらしいやん」


「……は、なんで知ってるん!?」

「受けろや。部活でいちばん人気の先輩、お似合いじゃ」


「……なんでそんなこと言うん」


「桃音とおると……部活思い出すし、正直辛い」


「え……」


「悪いけど、もう来んとってくれんか」


「えっ、そんな……」



「そんな……」

 被せて言うのは、私、りんごです。

 ここは遙真くんの家の……脇。や、その、なんていうか、盗み聞き……なんて言わないでください、そんなつもりじゃなかったんだから。


 地図と住所を頼りに家の近くまで来たものの、玄関を探しているうちに開いた窓から声が聴こえた。


 それは昨日聴いた、あの可愛い桃音さんの声。だから、だからね、なんていうか、その、うん、今、ピンポン押したら絶対ダメだな、と思って、それでまあ……旭くんとともにその場に留まった、というわけで。


 それにしても、遙真くん……。


 ──『桃音とおると……部活思い出すし、正直辛い』


 そんな、そんなこと言うなんて。桃音さんが、せっかくヨリを戻したいって言ってくれたのに……。


「……気持ち、わかるよ」

「えっ……」


 旭くんは私の隣で電柱を背にしながら呟くようにそう言った。


「わかる、の……?」


 私には、わからなかった。だって辛い時こそ、彼女や彼氏の存在って支えになるでしょ?


「それに、かっこ悪いとこって、やっぱ見られたくないよ」


「そうかもだけど……でも、それで他の人と付き合えとまで言うなんて……ひどいよ、さすがに」


「違う。『ひどいヤツ』に、なりたいんだよ」


 ますますわからなくなった。旭くんは遠くの空を見ていたけど、その視線を地面に落とした。古びたアスファルトの隅の隙間から、草が濃い色で天に向かって元気に葉を伸ばしている。


「その方が、相手は幸せになる、と思ってる。たぶん」


「……そんなわけないじゃんっ!」


 思わず叫んでいた。旭くんが慌てて口元に人差し指を立てるけど、出てしまったものは戻らない。今更無意味だけど息を止めてわたわたと慌てた。


 恐る恐る、二人で窓の方を振り返る。


 網戸越しに見える暗い部屋の中から不審げにこちらを覗く、高校生くらいの男の子、たぶん遙真くんであるその人とばっちり目が合った。

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