第17話 とんだヘッポコ丸だね

 ◇



「あ? 今の分岐右だろ」


「はあ? 今更言われてもねえ」


「標識ちゃんと見てたらわかるだろーが!」


「あーもううっさい! あんたりんごちゃんにもそういう態度してんの?」


「するわけないだろ、つーかどーすんだよ戻れよっ!」


「無茶言わないでよね。なんとかなるっての。ラッキーガール舐めないで」


「あてになるかっ!」


 現在時刻、深夜2時36分。トラブル続きにつき、睡眠時間はなし。到着時刻未定。


 くそっ。こうなるとは思っていたがまさか始発の電車で向かった方が早かったなんて最悪な事態にだけはなりたくない。


「でもりんごちゃんは偉いよね」


「はあ?」いきなり何を言い出すのかと助手席からその横顔を睨んだ。でかい金色の輪のピアスがその耳元でギラギラと揺れている。


「私だったらつれない『アサヒくん』となんてさっさと別れて必要としてくれてる『ハルマくん』に乗り換えるけどな」


「……」


 長い道中、事の詳細を訊ねられるまま教えてしまったのは俺の最大の過ちだ。




 『ねぇ、そもそもあんた、なにしにそこに行くわけ? りんごちゃんも、なにしに行ってんの? そんな遠くまで』


 『べつにいいだろ』


  ──キキッ!

 『ぅおい、危ない、急ブレーキ!』

 『教えないなら乗せてやんない』


 『……はあ?』

 『あんたが私に頼み事するなんてよっぽどの緊急事態ってことでしょ? なに。なにがあったの? 別れの危機?』




 こうして、りんごの文通のこと、『ハルマ』という名前のこと、俺がバイトを始めた理由、俺がりんごに「二番手は嫌だ」と言ったこと、りんごがひとりで旅を強行したこと、すべてを吐かされた。ひよりが妙に尋問に慣れているのは気になったがとりあえず今はスルーするとしよう。


 そんないろんな意味で恐ろしいこの運転手は現在、俺がよく知らない韓国アイドルグループの曲を機嫌よく口ずさみながら間違った道の走行を続ける。


「あでも遠距離って嫌かも……だったら大学で相手に東京こっち来てもらうとかね。うん、一人暮らし、自炊に苦労する彼に手料理でズキューン! うん、ありあり」


「バカじゃねーの」


 酷い妄想だ。だいたいこいつは料理なんて米とぎすらも満足にできねーくせに。りんごは……いろいろ出来るかもしれないけど。いや、俺は一体なにを想像させられてんだ、おい。


「ふん、わかってないね。そもそもあんたなにしに行くって言った?」


「……だから、見届けに」


「だからなにを」


「りんごと、その相手の……決断を」


「はーあ? 意味わかんない。それでどーすんの?」


「どうって……」


 りんごが相手と付き合うって言うのなら、諦める努力をするし、そうじゃないって言うなら……。


「他人任せって最低だよ」


「え……」


 そんなつもりは……だけど、そうなのか? 俺は、りんごに決めてもらおうとしているのか? 大事なの今後を。


「旭はどうしたいの? そこがわかんないわけ」


「……」


「負けそうだから、戦わないの? 強豪校と当たるからって棄権するってこと?」


「……」


「は。とんだヘッポコ丸だね」


 悔しいが、その通りだった。


「りんごちゃんのこと好きなんでしょ? じゃあ勝負しなよ。もし負けてズタボロんなっても、骨くらい私が拾ってあげるから」


「……なんで負ける前提なんだよ」


「あんたがそう思ってるからだよ」


「……」


 いつの間にか空の端がオレンジ色に光っていた。夏の日の出はこんなにも早いのか。朝日をちゃんと見るのなんて案外久しぶりだった。


「ふああ、眠くなってきたねえん」


「頼むから殺さないでくれ」


 目的地到着まで、あと約二時間。


 りんご。

 今行くから。



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