第15話 田舎ってすごい
「泊まるとこないんでしょ? うちの二階、部屋空きよるから泊まってええよ」
いきなりの申し出にさすがに戸惑った。けどこの奥さんは私のことをどうやらすべてお見通しのようで、言われることのひとつひとつにどきりとさせられるんだ。
「ふふ。そんならバイトでもする? 夜に接客だけ少し。簡単なもんでよかったら晩ごはんのまかないも付けるよ。何泊する、ちて嘘ついてきたの?」
「うっ、嘘なんて」
「ふふん。奥さんにはわかる」
こんな具合に。
「う、ええと……二泊です、だから明後日の朝には出ないと」
「そんなら今晩と明日の晩、お仕事よろしうね」
「……はいっ!」
いつか見たアニメ映画のような急展開に戸惑いつつも目の前の幸運に感謝した。
「部屋は階段登って左手ね。靴はそこの棚にしまって。夜の営業まで少しやけど休んでて。時間なったらまた呼ぶし」
田舎って、すごいな。いや、ここの奥さんがすごいのかも。だって私たった今、数分前に現れた見ず知らずの子どもだよ? あ、子どもだから大人として保護、っていうこと? いやそれにしたって……。
まあいいや。素直に感謝しよう。
部屋に上がってひとりになってひと息ついたところで電話が鳴りだした。
相手は……「あっ」
少し画面を見つめて考えて、だけどチャンスを逃してはいけない。結局慌てて通話ボタンに触れていた。
「もしもし」
『りんご!? りんご! あ、い、今どこ!?』
相手は思いのほか慌てた様子だった。
「ええー、秘密だよ。どうしたの? 旭くん」
心配をかけたくなくてあえて普通に、いつものりんごでそう返した。
『さっき……りんごのお母さんからメッセージ来てて。キャンプってどういうこと』
「ああ。それで」
なるほど、旭くんが慌てていた理由がわかった。彼の中で私は今『行方不明』なんだ。そうか、心配、してくれたのかな。
『それでどこにいんの? その、……誰と』
誰と……。『誰』とだったら良くて、『誰』とだったら良くないの。どちらにしても今私が一緒にいるのは旭くんが知らない人だよ。
『……まさか、あそこにいるの?』
まあ……普通に考えてそれしかないか。白状したら、彼はどう思うかな。やっぱり嫌かな。嫌だよね、どんな理由にせよ。でもね、聞いて。
「遙真くんと、すっぱり別れてくるから」
『……え?』
「はじめから付き合ってなんかないけどね」
驚いているのか、困惑しているのか、返事はなかった。
「友達に、なるつもり。でももし無理だったら、……もう絶交してもいいかと思って」
『……いいのかよ、そんなの』
「いいよ。だってあたしは」
『りんごじゃなくて、相手だよ』
「ええ?」
思いもしない言葉だった。
『相手の気持ちも知らないでそんな勝手……ああもうっ! 俺もそっち行くから! 明日朝イチ。だからまだ会わずに待ってて。絶対だぞ!』
「え、ええ!?」
ちょっと予想外の展開に盛大に戸惑った。旭くんが、来る? ここに!?
「え、ちょと待って、旭く「りんごちゃーん! 降りてきてー!」
う、がっ! なんてタイミングっ!
『……えっ、誰』
「ご、ごめんっ、また連絡する!」
慌てて電話を切った。ごめん、旭くん。ごめん、ごめん、ごめん!
切った電話をそのまま床に放って、「はあーい!」と大声で返事をしながら階段を駆け下りた。
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