第13話 人は温かい
「だっ、誰!?」
「いや……ええと」
自転車に跨りながらこちらを見下ろして困惑しているのは高校の制服らしきものを着た小柄な女の子だった。
かなり引き攣った顔だったけれど色白で目はくりくりとしたくっきり
そう思ったら急に我に返った。ああそうだ、気が動転していて最重要事項を述べるのを忘れるところだった。私は、お腹が空いているんだった!
「あ、えと私……梅田、言います。……ええっと、高校生さんですか? 見たことない顔やけど……」
私の『ごはん食べれるところないですか?』という命に関わる最重要な質問は目の前のかわい子ちゃんから発された聞き慣れない可愛い訛りを前に畑の彼方へ勢いよく吹っ飛ばされた。
住んでいた、とはいえ十年も前の幼稚園時代。その訛りは懐かしい、というよりもむしろ新鮮だった。というかなんて可愛いんだ。目の前のこの子は。いや決してバカにしているわけではなくて、その、羨ましいと言ってもいいくらいの心境だった。
「あの……言葉、喋れます、よね?」
「えっ、……あ、ああ、はい。……あ、あの、なにか食べられるお店、ないですか」
やっとのことで命をつなぎ止めたのだった。
「や! 高二!? 同い年やん!」
こんなに美味しい天丼は生まれて初めてだった。それは単に空腹によるものなんかでは決してない。あつあつサクサクの衣に甘辛のタレがじゅんわりと染みて絶妙、中の具材の鮮度や素材の良さが素人の私にもよくわかる。そして白米一粒ずつの輝きも、絶対に都会のそれとは違うものだった。
無意識に目を閉じて、噛み締める。鼻からふうーん、と息をはいてその風味を全身に行き渡らせた。ああ、生き返る。漲る。涙が出そうなほどの感動で会話はままならない。
「うお、おお……、お、おいひー、おいひーれす! ほんっこにっ、んぐっ……ご、ぐほ、ごほっ」
「え、いや、あの……大丈夫?」
もったいない、と思いながら渡されたお水で仕方なく流して思わず零れた涙を拭った。これはむせたから出た涙ではない。天丼の美味しさ、そして人の温かさに心底感動しているんだ、私は。
梅田さん、というこの女の子が「ああそれなら」と案内してくれたのがこの土地唯一の飲食店とも言えるらしいこの天ぷら屋さんだった。
しかし時刻は午後四時前。当然というかお店は営業時間外でその戸はピッタリと閉められて無情にも『準備中』の札が揺れていた。
希望の光に胸を弾ませていた分、目の前のあまりに無情な光景に私は顎を外して絶望した。しかしそんな私の隣でこの梅田さんは信じられない行動をして見せたのだった。
ノックもなしにガラガラと大きな音を立てていきなりその戸を開けると、「大将ー? 奥さんー? おりますかー!?」と大声を出すからこちらが慌てた。
「え、ちょ、え」
ひとりでわたわたとする私に「ふふ」と天使の笑みを向けると、「大丈夫。馴染みのお店やもん」とウインクを飛ばしてきた。ズキュン。
そこからは早かった。
現れた大福もちみたいな奥さんは「ありゃ、どーぉしたの
事情を話すまでもなく「天丼でええね?」と訊ねられ、五分も経たないうちに豪華なそれが私たちそれぞれの前に出されたのだった。
「お口に
にこにこしながら奥さんが私のコップの水を補充してくれたので改めてお礼を言って頭を下げた。
「それでこの子は……桃音ちゃんのお友達さん?」
訊ねられて桃音さん……というその女の子は私の方をちらりと見てから「そこで
「えっと……すみません。私、
言うと二人は「えっ、東京!?」と老若の女声を揃えた。
「えっ、東京から来たんですか!? ひとりで?」
念押しの確認にたじろぎつつ頷く。
「なんでまた……」
奥さんに訊ねられてどう説明しようか考えながら口を開いた。
「会いたい人がいまして……」
「会いたい人……十年前のお知り合い?」
桃音さんに訊ねられてこくりと頷く。
「え、でも私と同い年やんね? 十年前って……六歳、幼稚園さんの頃?」
苦笑いしながら頷いた。たしかに普通なら記憶は曖昧な歳かもしれない。私も遙真くん以外の友達のことはほとんど覚えていないもん。
「なんて名前の子? 女の子? ここらの子なら私らみーんな知っとるもん、力なれるわ、きっと」
奥さんが言うのでそうだよね、と希望が見えた。
「えっと……男の子なんです、名前は『塩田 遙真』っていう」
「えっ」
「ま」
……?
……あ、れ。
二人の動きが不自然に止まった。それは一瞬のようで、とても長くも感じられた。
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