第2章
第12話 未知との遭遇
「りんごちゃん、め、とじて」
「えー、なんでー?」
「いいから。め、とじてよ」
「やーだよ、ハルくんへんなことするもん」
「しないってば。ほら、め」
「うーん、わかったよ、はいっ」
──……ちゅ。
「わ……!?」
「けっこんしよ? りんごちゃん」
「……だめー、りんごはパパとけっこんするんだからっ」
「ええーっ!」
憶えてるよ。あれが私のファーストキス。何度旭くんとキスしても、頭の片隅で幼稚園児の自分を思い出してる。幼稚園児のハルくんを思い出してる。
旭くんに告白されたあの日、不意打ちでキスをしたのは、試したかったから。私の中に、まだあの日のハルくんがいるのかどうかを。
最低だよ、私。
だからね、私は決めた。
この最低な私を、切り捨てようと。
私は、ハルくんを、遙真くんを、ちゃんと『友達』にするためにこの地に来たの。
私は、私たちは、もうあの頃のままじゃないから。
遙真くんだって、そうでしょ?
数時間前──
一時間も田舎道を揺られたバスをようやく降りる。はあ、長かった。お尻が痛い。
時刻は午後の三時半。乗り換えで一度ヘマをして到着予定時刻を大幅に過ぎた上、慌てていたからお昼ご飯を食べ損ねてしまった。
餓死寸前。
それにしても着いた。着いたんだ。バス停の名前は『美音原中学校前』……みおとはら? 読み方はわからないけど『美音原』という地名は遙真くんの住所と同じだった。
『中学校』って、目の前にあるこの古い建物のことかな。校舎と思われる建物に活気はなく、まあ夏休みだからかもしれないけどそれにしても校庭は草ぼうぼうだし人の気配はまるでない。遙真くんも、ここを卒業したのかな。
私がこの土地に住んでいたのは今から十年ほど前のこと。当時お父さんがこんな田舎で一体なんの仕事をしていたのか詳しくは知らない。けど私が幼稚園児だった二年間ほどこの土地に住んでいたのは間違いない。記憶はほとんどないけどね。
バス停と、その古びた中学校の周りは田んぼと畑が広がっていて民家がぽつりぽつり。お腹がすいた……。こんなところで食事ができるお店なんてないんじゃないか、と半ば絶望しながら僅かな希望を胸にとぼとぼと歩いてみた。
とにかくなんでもいいから食べたい。食べたい食べたい食べたい。誰でもいいから出会った人に情報をもらおうと思っていたのに残念ながらここにも人の気配はまるでなかった。
だんだんと、気が遠くなってゆく。
なんだかまるで……この世に私しか居なくなったみたいな気持ちになった。誰もいない世界。そこにたったひとりの私。ああ、そう思ったらますます気が遠くなってきた。そうか、そうだね。みんないないなら、私も、もう……。空腹が過ぎてふらりとよろけてそのまま地面にひざをついた。
暑い。……ああそうか、暑いんだ。空腹がなにより勝ってわからなくなっていたけど、太陽輝く真夏の炎天下だった。帽子も日傘ももちろんない。来る時に買ったペットボトルのお茶はとっくに飲み干していた。胃は空っぽだ。このままじゃ死んじゃうね……。死んだら死因は餓死? それとも熱中症? この前見た解剖医のドラマを思い出していた。このまま死んじゃったら私も解剖されるのか、やだなー、変死体? まさか自分がそんなことになるなんて考えてもなかっ「えっ、大丈夫ですか」
「うわあっ!」
考えてみればそんなはずないんだけど、世界と言わず少なくともこの土地には私以外誰もいないと思っていた手前、それはかなりの驚きで、未知との遭遇と言ってもいいくらいの衝撃でした。
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