第10話 二番手は嫌だ

 高校近くのスーパーの隅、自販機コーナーにある長椅子。デートなのになんでこんなところ? と言われそうだけど放課後の部活後とかは割とここで喋ってから帰ることが多かった。


 私はミルクティーで、旭くんは炭酸飲料。本当は栄養ドリンクを飲ませたいところだったけど、本人が「はあ?」と言って嫌がるから仕方ない。


「……なんでそんなにさ、無理するの?」


「無理なんてしてないってば」


「してるよ」

「してない」


 ああもう。話が平行線ってこういうことを言うんだな。


「……あたし、浮気なんてしてないからね」


 ストレートに、言ってみた。紅茶はミルクティーだけど。


「……」


 なに言ってんだよ、という返事を求めていたけどそれはなく、旭くんは手に持つ炭酸飲料のペットボトルを眺めたまま黙ってしまった。


「旭くんと別れるつもり、ないからね」


 言葉が少し、震えた。


 好きだよ。好きなのに、なんで。なんで伝わらないの。


「……ならなんで嘘つくの」


 学校で触った額と同じ、ぬくさのない声だった。


「……嘘?」


 心当たりが、あるようでない。だけど心はざわざわとしていて、自分の心臓の音が体内に響く。


「本当は俺に、友達のとこ行くの付いてきてほしくないんでしょ」


「そ……そんなことないよ、心強いし、ありがたいっていうか……」


「また嘘」

「嘘じゃない……」


 声は小さく萎んだ。嘘、そう、嘘だから。


「……行くわ。バイトの時間」


 そう言うと旭くんはペットボトルのキャップを閉めて立ち上がった。


「待ってよ! ダメだってば! 本当に倒れちゃうよ!?」


「べつにいい」


「えっ……」


「じゃあ」


 軽く片手を挙げて私を残して去ってしまった。その表情は、見たことないくらいに冷たいものだった。


 あ……終わっちゃう。

 いやだ。いやだよ。


 考えるよりも先に、体が動いていた。先を歩く旭くんを追いかけて、その背中に抱きついた。


 弱っている上に不意を突かれたらしい旭くんは、そのままバランスを崩して……私とともに盛大にコケた。


ってえ!」


「わ、ご、ごめ……」

「殺す気か!?」

「め、めっそうもない!」


 両手のひらを見せて悪意がないことを示す。


「……旭くんこそ、あたしの知らない人みたいで、……なんか怖くなった」


 スーパーの片隅の床に座り込んだまま、正直にそう言った。そして、その瞳を見つめて、この相手に言うべき言葉をやっと理解した。


「友達のとこ……行くのやめるよ」


「……」


 旭くんは答えない。


「……その人、……男の子だから」


 反応が恐くて、目は見られなかった。だけどたぶん、旭くんは驚いていなかった。それはそのことを、彼がすでに知っているからなんだ。


 やっぱり、そうだったんだ。


「りんごは……欲張りだよ」


 そう言いながら、そう言う自分が嫌だ、というように大きくため息をついた。


「……ごめん」


 どうしてあなたが謝るの。


「無意識にりんごのこと、試してたんだ」


 床に座り込んだままの私たちを、買い物客のおばさんたちが横目に見ながら通り過ぎてゆく。


「俺ががむしゃらになれば、心配するか。俺が冷たくすれば、慌てるか。俺が離れようとすれば、本当のことを話すか」


 見透かされていた。なにもかも。


「最低でしょ? りんごの気持ちなんて全然考えてないんだ」


 自分を蔑む旭くんも……見るのは初めてだった。


「……例えその相手の所に行かなかったとしても、文通を辞めたとしても、りんごはその幼なじみのことを忘れられない。俺は……そんなの恋愛ごめんだよ。悪いけど」


「そんなことないよ! あたしは……!」


「だからりんごは、『欲張り』だって言ったんだ」


「……!」


 言葉が、返せない。


「……行くわ。遅刻だ」


 もう、後を追うことは出来なかった。



 家に帰って、なにかメッセージを送ろうかと文字を打ち込んでみたりもしたけど、結局うまくまとまらず、もしかしたらなにか受信するかも、という淡い期待も裏切られて、部屋の明かりもそのままに朝を迎えていた。


 旭くん、ちゃんと学校来るかな。体調は大丈夫かな。私とは、……話してくれるかな。


 悪いのは、私。


 私が壊したんだ。自分で。それなのに、自分で泣いてる。バカみたいだ。ううん、バカだよ。


「りんごー? 遅刻するよー?」


 階段の下からお母さんが呼んでいる。学校。学校も、今日で終業式。明日からは夏休み。部活を辞めてしまった私は、夏休みに旭くんと会うすべがもうなにもない。彼女と認めて貰えないなら、会う術は、本当にもうなにもない。


 一昨日、初めての給料日だった。

 明日から、夏休み。


 家族以外で私が居ないことに気づく人はほぼ居ない──。



「お母さん。今日の放課後から二泊三日で、友達とキャンプに行こうって話になったんだけど、いい?」


「ええ!? そんないきなり?」


「来年は受験で夏休みもそれどころじゃないでしょ? ね、お願い、許して! あ、遅刻だ! じゃあ行ってきます!」


「あ! ちょっとりんご!?」


 学校には向かわずに、近くのコンビニにて振り込まれたお給料をおろす。とりあえずの五万円なり。ひえ、大金なり。


 いそいそと財布にしまうと今度は駅へと向かった。途中で牛丼屋さんの前を通った。旭くんがバイトしているというお店。朝の時間、彼がいるはずはないけど、なんとなく店内にその残像が見える気がする。ちくり。胸が痛んだ。


 家から持ってきたカードをタッチして改札を通る。新幹線のある駅までの路線を確認して、ちょうど来た電車に躊躇いなく乗り込んだ。







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