第9話 なんかおかしい
◇
無茶をしている自覚はあった。こんな生活をこのまま続けていたらもしかしたら俺は本当に倒れるかもしれない。
でも、それでもいい、と思っていた。
りんごの家に行ったあの日、俺はそれを見てしまった。泣きすぎてティッシュ箱が空になって、りんごが新しいのを取りに行ったその隙に。
勉強机の二段目の引き出しから少しだけ飛び出していた『紙』。はじめは「なんだろう」と思っただけだったが、よくよく見るとそこには文字が書かれていた。俺がよく知るりんごの筆跡ではない、たぶん男の文字。そして見えたのは『りん』と『ご』の半分。
悪いとは思いつつ、気持ちを抑えられなかった。
◇◇◇
りんごちゃんへ。
新生活どう?
りんごちゃんのことだから
友達もすぐできて
もう楽しくやれてるかな。
こっちはサッカー部で夏の大会
2回戦で負けました。
高校はスポーツ推薦で行きます。
りんごちゃんも
いい高校に行けるように
願っています。
追伸
りんごちゃんは高校でも
マネージャーやるの?
お互い頑張れば、全国大会で
会えたりするかな?
バカなことを考えています。
◇◇◇
一瞬周りのなにもかもが止まった。息がちゃんと出来ていたか、自分でもわからない。
りんごがサッカー部のマネージャーを選んだ理由。
──『部活はもうできないって。なんにもなくなった、って』
──『目的も、なくなったしね』
りんごがマネージャーを辞める理由。
──『ケガして手術、したらしくてね』
──『恋人とも、別れたばっかりみたいで、すごく落ち込んでるみたいで』
りんごがお金を貯めたい理由。
その場所に、行きたい理由。
極めつけによせばよかったのに、バカな俺は見てしまったんだ。手紙と一緒にあった、封筒の差出人を。
『塩田 遙真』
──『「ハルマくん」はダメだよ、「アサヒくん」じゃないと』
驚き、というよりもゾッとした。手が冷えて、震えた。呼吸は浅く、自分の鼓動が耳の奥で響いて聴こえる。
りんごの足音が近づくのがわかって、震える手でそっと手紙を引き出しにしまうと、もとのベッドに腰を下ろした。
意識が飛びそうなほど思い切り殴られたような、そんな感覚だった。目眩がするのをなんとか堪えて、部屋に戻ったりんごを見る。
裏切り……。
いや、そんな大それたことなのか。なんにせよ俺は騙されていた。この楠木 りんごというバカなフリをしている、謎だらけの彼女に。
信じたくない。だけど、たぶん、事実だ。
帰る前に、もう一度りんごを抱きしめた。「もう大丈夫だよう」と言われたが俺は正直、大丈夫じゃなかった。
それからは、がむしゃらだった。手紙のことをりんごに問いただすのは違うと思った。それにわざとでなくても盗み見たのはいいこととは言えない。出来ることならりんごをその場所に行かせないのがいちばんいいが、それを阻止するのはどうやったって難しい。りんごはきっと強行する。俺が、俺なんかがなにをしようとも。
こんな精神状態で、今まで通りにりんごと付き合えるのかよくわからなくなった。そもそもりんごは俺を、振るつもりなのか。今日だって、どうしてあんなに『いつも通り』だったのか。全くわからない。
どのくらいのペースかはわからないけど、恐らくこの文通はずっと続いていたんだろう。俺と出会うずっと前から、そして俺と出会ってからも。
その相手は……『ただの友達』なのか?
りんごは、俺じゃなく、この『遙真』を選ぶんだろう。現実こうして嘘をついてまでなんとかして遙真のところへ行こうとしている。
俺は、選ばれない。
だったら俺は……この目で、それを見て、そして自分を無理にでも納得させようと思った。それでりんごを、もうきっぱり忘れようと思った。
それで本当にいいのかはわからない。答えなんかきっとない。けど、いいも悪いも……勝負ははじめから見えてるから。
幼稚園からの仲のヤツなんかに、『にわか彼氏』の俺がかなうわけない。
今度の旅は、俺とりんごの、最後の『決別の旅』なんだ。
ダルさが抜けない体を引きずるようにして自転車に跨ると、力いっぱいペダルを漕いだ。
とにかくなにかに集中していないと、俺は俺でなくなりそうだった。
りんごを、傷つけてしまいそうだった。
◇
四限目の途中で教室の後ろの出入口が開いて、旭くんが不良みたいに登場したもんだから椅子に座りながら飛び上がった。
「遅れてすんません」
みんなの視線を無視しつつガタガタと乱暴な音を立てて席に着くと、平気な顔をしてカバンから授業の用意を取り出す。そんな彼に変顔で怒りのサインを送り続けたけど全然見てくれない。ちっ、変顔損じゃん。
休み時間になって詰め寄った。
「来ちゃダメだって言ったのに!」
「なんで。りんごに俺の学びを阻止する権利はない」
「体調管理は彼女の務め!」
私がそう騒ぐと旭くんはふっと笑って「ただの寝坊だよ」と言った。嘘だ。嘘だろ。
額を触ってみた。熱くはないけど
「やっぱ病気だよ」
私が口を尖らせてそう言うと、旭くんは額に置いた私の手をそっと払って「病気じゃないから」と弱く反論した。
「……とにかく部活もバイトも休んでよ。じゃないと本当に死んじゃうよ!? あたし泣くよ!?」
あまりにも思いが伝わらなすぎて本当に目が潤んだ。彼女がこんなに頼んでも、この頑固野郎は聞かないっていうの?
「……りんごは、優しすぎだよな」
ぽつりと呟いたその言葉の意味が、私にはよくわからなかった。
「なに言ってんの? 大事な人のこと心配すんのは当たり前でしょ?」
私の言葉に、旭くんは少し笑った。私の言葉に嘘はないのに、「嘘だろ」と言われたような気になった。どうしてだろう。どうしてそんなことを思うんだろう。
あれ……?
私たち、やっぱなんかおかしい。
「……あたし、変わったりしてないよ」
「……え?」
「旭くんの、彼女だよ」
まっすぐ、見つめ合った。佐渡くんの言葉を鵜呑みにするつもりはないけど、もしかして旭くんが私の浮気を疑っているんだとしたら、それは違うと証明したい。
「デートしようよ。今日」
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