第7話 オーマイガ
「夏休み、一緒に行こうよ。その友達んとこ」
翌日学校で旭くんは驚くほど明るくそう言ってきた。えっ、なんだって? え、ちょ、まっ……オーノー、オーマイガ。
「えっ……でも、それは」
悪いよ、と言いたかったんだけど眩しい笑顔に阻まれた。
「わかるだろ、りんごひとりじゃ心配だからだよ」
わかる。わかるよ、昨日はちょっと、泣きすぎた。うん、反省してる、恥じてます。だけどさ、旭くん。それは、まずいっすよ。
「でも、その……お金は」
お高いですよ、コウツウヒ。
「俺もね、バイトするから」
「えっ!?」
この人は、いい人過ぎる。いい彼氏、というか。いや、そうなんだけど、ええと。
「だからちょっとの間、デートは我慢な。夏休みの間に二人の給料出たらすぐ予定立てよう。早い方がいいでしょ」
「うん、まあ、そう、だけど、でも……」
ま……まずいことになりやした!
──バジュンッ……ぼたり。
「あーあ、やっちゃったねえ」
「う……すみません」
「いいよいいよ、シューが悪かったのかも知れないし仕方ない。はぜたのはおやつにしちゃいな」
「はいい……」
まさかわざとおやつを作ったなんて思わないでよね。致命的に運とセンスがないだけなんだから。
シューの皮にクリームを詰めるのは思いのほか難しい作業だった。え? 簡単だろって? ごっ冗談を! すんごい難しいんだからっ! やったことないでしょ? ほんと職人技なんだから!
それでも割とバイトは順調だった。接客業自体は向いてるんだよ。この輝く笑顔を見よっ!「いらっしゃいませえー(キラキラ~)」
一方の旭くんはというと、駅前の牛丼屋さんで本当にバイトを始めたらしい。部活もあって、その後の夜の時間。高校生ということもあってそんなに遅くはないみたいだけど……無理してるよね、絶対。心配だよ、そりゃあ。っていうか普通、身体がもたないと思うんだけど。過労死……。えっ、過労死!? 高校生でそんなのダメでしょ絶対っ!
【大丈夫?】
行き過ぎた勝手な想像に耐えかねてその夜メッセージを送ってみた。
【なにが?】
返信はいつも通り冷静なものだった。いやあなたは過労だよ、私にはわかる。
【部活にバイトに、絶対体もたないよ】
【余裕だよ】
【うそばっか】
【うそじゃない】
【ちゃんと休めてるの?】
ちょっとしつこいかな。でも心配だし。
【休めてるってば】
【無理しないでよね】
ついに返信が来なくなった。うるさいと思われたかな。だけど既読も付いてない。ああこれはたぶん……寝てる。過労だよ、やっぱりあなたは過労。大丈夫かな、本当に。
──バジュンッ……ぼたり。
「うはは、またあ? 楠木さん」
「うう……すみません」
接客業はともかくシュークリーム詰めの才能は壊滅的にないらしい。それでもいつも優しくしてくれる先輩に私はもう涙が出そう。
「大丈夫。だんだん慣れるから」
先輩、私が男だったら間違いなくあなたに惚れてます。いやもう既に先輩にはきっとすんごくステキな彼氏がいるに違いないわ。ただ、先輩の口から「私もはじめはそうだったから」という言葉が聞こえないのはどうしてなのかな。いつの間にか聞き逃したのかもしれない。うん、きっとそうだね。
とはいえバイト自体はそれなりに順調に続けられていた。時給もそこそこいいから、ひと月でまあまあ期待出来そう。うはうは。
部活を辞めたのもあって自然とデートの回数も減った。旭くんと会う時間はとても減ったけど、クラスでは毎日会うし会話だって普段通りだった。
普段通り……のはずだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます